第43話
「と、どォ!!」
壁を蹴り、アドラを空中へと飛び出す。
彼女を墜とそうと飛び掛かる子蜘蛛は、クリスティアンの魔法によって逆に焼き落とされていく。
八本の内四本の足を斬り落とされた母蜘蛛は自由に動くことが出来ない。感情の移さない多数の瞳で、ただ自身の命を刈り取る鉄塊を追いかける。
「めだァァアアアア!!」
重力と、重量をも利用した彼女の渾身の一撃が母蜘蛛へとぶち込まれていく。
頑丈さが取り柄の大剣は、走る衝撃もなんのその柔らかい母蜘蛛の肉体をぶちぶちと半分に割っていく。
どがぐしゃァァ!!
振り下ろされた大剣の一撃は、大地にヒビすら作り上げるほどであり見事巨大な母蜘蛛の身体を真っ二つに勝ち割った。
ギョォォウオイォイギィイィイィイ!!
すでに命は刈り取られた。
それでもなお空間に木霊する母蜘蛛の断末魔と、びくりびくりと縦横無尽に動き回る残りの四本足が狂気を演出する。
「アドラ! 大丈夫かぃ!!」
母蜘蛛を殺され、一目散に逃げだし始める子蜘蛛たちを杖で殴り飛ばしながら母蜘蛛の骸へとクリスティアンは走り寄っていく。
「ああ、クソ……。うざ臭ェ!!」
骸の半分を蹴り飛ばしながら、全身が体液でぐっしょりになった彼女が悪態をつきながら元気に現れる。
その全身はところどころに怪我を負い、体液に交じって彼女自身の血も流れているのだが、そんなことはどうでも良いとばかりに彼女はまだまだ元気であった。
「大丈夫……みたいだね」
「おい、クリーニングの魔法は」
「……ごめん、使えない」
「はァ!?」
「いやいやいや! 一度も使えるとか言ってないよね!?」
「だァ、クソ!!」
身体に纏わりつく体液を払いながら、彼女は外へと通じる元来た道を戻ろうとする。
「ああ、待ってよ! 一人で行かないでってば!」
「ああ……、水浴びしねえとこのままじゃレオんとこ行けねえじゃねえか! くっそ!!」
「はは……、途中で川もあったし、そこで休憩はさみながら帰ったら良いんじゃないかな」
「
普通は一度もしないと思う。
なんて本音を言えば拳が飛んでくるだろうと判断し、彼は心のなかだけで、
「おい、今なんか鬱陶しいこと考えただろう」
「いいえ!?」
思うことすら今後は気を付けようと心に決めたのであった。
※※※
「良いか!! 医療班は死んでもこのガキ殺すな!! ありったけの薬と薬草持ってこい!!」
焦りに焦ったハコブの激励が村の中に響き渡る。
こんな村のなかでも山賊ともあれば医療班は存在する。もっとも名前負けしている連中で、実際には多少薬草のことに詳しい連中といっただけなのであるが。
「一から三班は村の護衛! 母蜘蛛が死んだからといって気をぬくな! まだ残党は居るかもしれねえし、ここざとばかしに他の村が襲ってくるかもしれねえぞ!!」
下っ端を中心とした若いチームは、ハコブの号令のもとこの場から逃げるように持ち場へと走っていく。一秒でもはやくここから逃げるために。
「ンでもって……、残りは全員……!」
ギリ、と力いっぱい歯を噛み締めて、彼は村の中央で暴れる化け物に視線を送る。
「俺と一緒にアドラを止めるぞォ!!」
「レオォォオオォォオオ!!」
ハコブの村に居る戦える連中のうち、半分以上の数で暴れるアドラを無理やり押し止めていた。
さすがに大剣を使わない程度にはまだ理性が働いているようだが、すでに十数人の若者が彼女の拳と蹴りを受けて意識を手放していた。
「落ち着け、アドラァ! お前のガキは死んでも助ける!! だから、落ち着け、落ち着いてくれェ!!」
「殺すぞハコブ!! そこどけェエエ!!」
彼女たちが村に帰ってきたのはついさきほどのことであり、外に出ていたメンバーのなかでは最後のことであった。
川で水浴びし、さっぱりした彼女はるんるんと愛すべき息子に会おうとしたのだが、先に戻っていたハコブに止められてしまう。
やるべきことはやったんだから、息子に会わせろ。あとでちゃんと報告もしてやる、と怒りを顕にする彼女に対して、ハコブのほうはしどろもどろとどうにも調子がおかしかった。
嫌な予感がして、止める彼を押しのけて屋敷へと飛び込んだ彼女が目にしたのは大怪我を負い、多数の人間に看病されている息子の姿。
気絶しているようだが、苦しみ汗をだらだら流す彼の様子は、一目に問題ないとは言えない容体であった。
そこから、彼女を止めるために村の半数以上を使っての大仕事が始まった。
「なにがあったァ!! ハコブぅ! てめぇ、事の次第とあっちゃ命がないと思えやァ!!」
「いまそれも調べている!! 落ち着け! 頼むから落ち着いてくれ!? おい、兄ちゃん! あんたも手伝ってくれ!!」
「も、勿論だ!! アドラ! いまここで君が暴走したら余計にレオくんの身体にさわ、」
「うるせェ!!」
「あでぶっ!!」
「うぉぉぉぉい!? 一撃かよ、兄ちゃん!?」
噴き出す鼻血で虹を出現させながら、美しい放物線を描きクリスティアンは村の外までぶっ飛んでいったのであった。
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