第36話
助けを求めて父を呼び走り逃げる少女と、その少女の名を叫びながら追いかける少年。二人が発する音は嫌でも山の中を巡っていくことになり、彼らの耳に届く結果となった。
巣で暴れまわる脅威とは違う。少し離れた場所で暴れる集団とも違う。餌が集まっている場所とも違う。
群れから逸れた子ウサギのようになんとも狙いやすい餌の存在に、彼らは喜んだ。多くの仲間が死んでいく状況で少しでも多くの栄養を母蜘蛛に届けることは勝利につながることであり、彼らが為すべきことであったから。
餌を求める彼らの行動の切り替えは早い。相手はたった二体、それも音の大きさから見て子ども。ならばそれほど数は必要としない。
最低限の数だけが群れから外れて、逃げまどう餌が出してくれている音の方角へと向かっていく。
探し当てるのに苦労などはなかった。
隠す気もなく大きな音を出して動き回る存在など、彼らからすれば目を閉じていても探すことが出来るほどである。何から逃げているのかは知らないが、必死で逃げる餌は彼らの存在に気付く素振りも見せていない。
このまま音もなく近づき、その柔らかい首筋に噛み付けば一瞬で終わるだろう。
その時を求めて、彼らは、
※※※
「モニ、モニカちゃん! 待って!
レオの息がどんどんと上がっていく。
村で育ち、母と共に野山を駆けまわったり、動物の世話などをしているためそれなりに体力はある方ではあるが、それでも彼はまだ九歳の子ども。
道のない山の中を、それも叫びながら走っていれば息が上がって当然であった。
それは、モニカのほうも同じであり、むしろ箱入り娘として育てられた彼女のほうが体力は圧倒的に少ないはずなのだが、彼女を支配する恐怖という感情が身体の限界を無視させていた。
足を動かすたびに肺が悲鳴をあげ、心臓が痛みを告げる。それを無視して、死にたくない。殺されたくないと彼女は足を前に出し続ける。
それでも、両者の間にあった差は徐々に縮まっていく。
もう少し。もう少しで彼女を捕まえることが出来る。
あともう少しだけ頑張れ、とレオは自分の身体を鼓舞しながら走り続けた。
上がる息と苦しさから自然と顔は下を向いていく。それをぐッ! と無理に上に上げたのは母の言葉があったから。
『逃げる時でも、追いかける時でもどっちでも良い。必死で走る時は絶対に顔をあげて前を向きなさい。どれだけ苦しくて下を向きたくても絶対に前を見るの』
『どうして?』
『見逃しちゃいけないものがあるからよ』
その時は、母の言葉の意味が分からなかった。
分からないけれど、うん。とだけ頷いていた。母が言っていることなのだから間違いはないだろうと。その時はその程度でしかなかったのだが、
母の言葉を信じて良かったと、心の底からそう思った。
「モニカちゃん!!」
少年の瞳に映るのは、よろめきそうになりながらも必死で逃げる少女の姿。そして、彼女に狙いを定めて木の上から今にも飛び掛かろうとする
彼女は気付いていない。咄嗟に声は出したけれど、今の彼女が自分の声に反応してくれるはずがない。
その間にも、
なんとかしなくちゃ!
身体に力を込めようとすれば、限界に近い肉体は悲鳴をあげる。心臓は破裂しそうで、足の筋肉はプチプチと切れていく。
大してなにも入っていないのに胃の中身は逆流しそうで、目の前が黒く染まっていく。
限界だと。
もう自分に出来ることは何も出来ないと告げる全身のありがたい忠告を、
「うわあぁぁあぁあああああ!!」
知ったことかと無視をする。
破裂するならしてしまえ! 足の筋肉くらいいくらでももっていけ! 吐きたいなら吐きながらで構わない! 見えなくなってももう知るか、彼女との距離と場所は頭に入れた!
彼女を守ると決めたんだ!
だって僕は……! 勇者の役割は!!
最後の一歩で地面を蹴って、レオは彼女と
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