第35話


「レオは、モニカをころすの?」


 少女の言葉にレオは返事が出来なかった。

 それは単に、彼にとって彼女の質問が突拍子のなさすぎるものであったためであり、その言葉の意味を理解出来なかったからのではあるのだが、少女にとってはまるで図星を点かれてしまったため答えることが出来ないように見えてしまった。


 勇者にだけは気をつけなさい。

 良い悪いは関係なく。勇者という役割を持つ存在には気をつけなさい。奴は君を殺す存在。


「~~ッ!!」


「モニカちゃん!?」


 突如立ち上がったモニカに、レオは手を伸ばそうとする。だが、その手は無慈悲にも振り払われてしまった。ほかでもないモニカの手によって。


「待って!」


 周囲の人たちは子ども達が織りなす討論会に大盛り上がりを見せており、そもそも部外者である彼らの行動に気付くことが無かった。


 モニカは小さい身体を上手に活用し、人並みをすいすいと掻き分けて走って行ってしまう。そして、館の外へと……。


「駄目だ、モニカちゃん! 戻って!!」


 あとで考えればすぐ周りの大人に言えば良かったと彼は反省する。

 あのとき自分だけで追いかけずに、ちゃんと周囲に助けを求めれば、彼女をあんな目に遭わせずにすんだのではないかと。


 それでも、そのときは自分がなんとかしないといけないと。すぐに彼女を追いかけていかないといけないという気持ちが勝ってしまい、彼も急いで彼女を追って館を飛び出していった。



 ※※※



 村の周囲は高い木の塀で囲まれている。だが、木の杭一本一本の間には、そこから相手を槍で刺すために多少の隙間が開いており、身体の小さいモニカであればそこから外に出ることが出来てしまった。


「モニカちゃん!!」


 レオのほうが素の足の速さには分があるのだが、それこそ殺されると死ぬ気で逃げる彼女と、訳が分からず困惑しながらそれでも追いかける彼とでは、必死さにほんの少しの差が生まれてしまう。

 その差のせいで、レオはモニカを捕まえることが出来ない。


 木の杭の間を通り抜け、村の外に出て行ってしまった彼女の後ろ姿に、彼も躊躇なく外へと出て行ったしまった。


「待って! どうしたのモニカちゃん! 外は危ないから! 戻って、モニカちゃん!!」


「パパ、パパッ! たすけ、て……ッ、パパッ!!」


 木々が引っ掻き、彼女の柔らかい肌に切り傷をつくっていく。それも気にせずに無我夢中で彼女は山の中を走り回る。

 切り傷の痛みよりも、外に居るらしい化け物よりも、なによりも後ろから追いかけてくる存在から逃げるために。


 一度山の中に入ってしまうと、モニカより身体の大きなレオのほうが走るのが困難な状態になってしまっていた。

 アドラであれば持ち前の筋力で無理矢理押し通るだろうが、少年にはまだそんなことは出来ない。

 先を走るモニカ以上に木々によるひっかき傷を受けながらも、彼は必死で追いかける。幸い、モニカが通ったあとは分かり易く見失うということだけはなかった。


 恐怖から父を呼び続ける少女と、その少女の名前を叫びながら必死で追いかける少年。


 これでもかと主張し続ける二人の存在を、奴らが見逃すわけがなかった。

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