第29話
「らァッ!!」
キュィィ!!
アドラが勢いよく大剣を振り下ろせば、彼女の目の前に居た黒い塊が耳に付く甲高い断末魔をあげ、緑色の体液をまき散らして潰れる。
物言わぬ肉塊へと変わり果てたその生物の丸い身体から飛び出す八本の足がまだピクピクと気持ち悪く痙攣する。
周囲に飛びちる体液が、吐き気を催す悪臭を放つも、そんなことは気にもとめず、アドラは愛剣を構え直す。
耳に付く声も、気持ちの悪い見た目も、悪臭すらも気にとめることは出来ない。
まだ彼女の視界には、地面を覆い尽くすほどの数の怪物が蠢いているのだから。
「アドラ! 一人で前に出すぎないでくれ! 援護が間に合わないッ」
周囲の木々に燃え移ることを警戒し、風の魔法で襲い来る八本足の化け物を切り刻んで撃退しながら、クリスティアンが彼女のすぐ後ろへと走り寄ってくる。
「アホかッ! こんな数相手にまともに相手してられっか! しかもこいつらは親を潰さねえと無限に沸いてくるんだぞ!」
「そ、それはそうだ、」
「うらァ!!」
木の陰からクリスティアンへ襲いかかろうと飛び出してきた化け物を、アドラが剣で殴り飛ばす。
殴られた化け物は、勢いよく群れのなかへ飛んでいき数匹を巻き込んで潰れて絶命する。
「あ、りがとう……」
「ああ、クッソ! ハコブの野郎!!」
ぶん、と大剣を振りこびりついた体液を取り除く。
「めんどくせぇ交換条件突きつけやがってェェ!!」
アドラの怒りの遠吠えに、若干数匹の化け物が後退った。
※※※
「
「おう! 実は裏山にあいつらが住み着きやがってな。このまま放置しておくわけにもいかねえんだ」
悲鳴にも近いアドラの叫びに、ハコブは力強く頷いて応える。
あえて明るく言っているようだが、彼の瞳は真剣そのものであり、そして、その名を聞いたアドラとクリスティアンの顔色は最悪と言って良いほどであった。
「待て! 待て待て待てッ! いま、住み着いたって言ったか!? まさか、ソルジャーじゃなくて」
「ああ、マザーが居る。確実に」
「おいおいおいおい……」
「ね、んのために聞きたいんだけど」
すでに血の気が引きつつも、ぐっと堪えてクリスティアンはハコブに質問する。
「おう」
「
「あの、がどれを指しているかは知らねえけど、多分想像してんので合っているはずだぜ。黒丸の繁殖狂いだ」
「そ、そうか……」
額に手を当てながら、ヒト族と魔族で名称が異なるのではないかという微かな望みを断たれたクリスティアンは肩を落とす。
「悪いことは言わねえ。素直に集落を移動させろ。相手が悪い」
「普通はそう考えるんだが……」
「ぁんだよ」
アドラの提案に、ハコブは苦い顔をする。
「タイミングが悪いことに、身重が三人も居る。しかも、数人が
見捨てろ。
なんて言葉を彼女が言えるわけがなかった。
ハコブの性格は知っているし、自分が彼の立場でもそんなこと出来るわけがない。
「普通は、それで合っていると思うぜ。……お互い、馬鹿な性格だよな」
「……何も言ってねえよ」
「つまり、ハコブさんが言いたい条件は……」
「ああ」
本来は頼まれる立場でありながらも、彼はまっすぐにその頭を二人に下げる。
「
※※※
集団で飛びかかってきた
それでも零れた数匹は、クリスティアンが張った風の障壁を突破出来ずにぶち当たり、その身を切り刻まれ悲鳴をあげていく。
すでに二人とも何匹退治したか数えるのも馬鹿らしくなるほどの骸を作り上げているのだが、どれだけ倒そうとも次から次へと新しい
「クソがッ! 全然進めねえじゃねえか!! ハコブの野郎、仕事してんだろうなッ!!」
「一応別方向に向かっている群れが居るみたいだから作戦通り別の場所で暴れてくれているんだろうけど……」
クリスティアンの言う通り、彼らの視界の奥の方には、彼らとは別の方角へ向かっていく
それだとしても、彼らが進めないほどに単純に数が多いのだ。
丸く黒い球体の身体から生えた八本の細長い足を持ち、鋭い牙を持つのだが、本物の蜘蛛とは違い糸は出せないし毒も持たない。
肉体も脆く、成人男性程度の力があれば棒で殴っただけで簡単に潰れてしまうほどに柔らかい。
そのため、
では何が怖いかと言うと、その繁殖力だ。
母蜘蛛が生み出す子蜘蛛の数に際限はない。更に厄介なのは、通常であれば生み出された子どもが成長するまで約一ヶ月ほどを有するのだが、母蜘蛛に危険が及んだ時にだけ、寿命が三日と持たないかわりに生み出された途端に急激に成長するただ敵を排除するためだけの子どもを生み出すのだ。
そうなった
かつて、二メートルを超える巨大な
「だらっしゃァァアア!!」
「ちょ、っぉぉおおお!?」
アドラの渾身の一撃が、立ち枯れた老木の根元を吹き飛ばす。
老木は、纏わり付いていた
「よし、行くぞ!!」
「む、無茶苦茶だなぁ……」
魔法主体の自分とは異なり、巨大な鉄塊を振り回しながらまったく息が切れない彼女にどちらが化け物か分かったもんじゃないな。と聞かれたらそれこそ自分の首が危なくなることを考えながら、彼は彼女のあとについていくのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます