第30話


「ボケゴラァ! 三人一組で動けって言ってんだろうが! 死にてぇのかぶっ殺すぞ!!」


 隊列を乱しかけていた部下に罵声を飛ばしながらも、熊のような大男ハコブは持ち前の筋力と巨大な棘付きモールで群がる鬼蜘蛛オグリージャを数匹まとめて殴り飛ばす。


 彼ほどの勢いはなくとも、彼の部下達も三人ずつ固まり、死角をお互いがカバーしながら確実に一匹ずつ潰していく。

 体液まみれになることが確実なため、剣では無く全員簡易こん棒を装備している。


「お、親父ぃ!! 多すぎるよォ!?」

「ぜ、……ッ! 全然減ってる感じがしねえ……」

「これいつまでやらないといけないんスか!?」


「泣き言言ってんじゃねえぞ! 仲間をこいつらの餌にしてぇのか!!」


 少し前にアドラと仲良く会話したにボコボコにされた三馬鹿も泣き言を漏らしながらも必死に戦っていた。


 いまだ大きな怪我もなく戦ってくれている部下達に安堵しながらも、ハコブの内心は焦りきっていた。

 アドラ達が来てくれる前の鬼蜘蛛オグリージャとの小競り合いで彼の部下のなかの手練れの数人が負傷し動けない状態にあり、残りの手練れは村の防衛で離れることが出来ない。

 三馬鹿が筆頭だが、いまこの場で戦っている者達の多くが彼からすればハナタレ小僧のような者達ばかりだったのだ。


 村で籠城をしても、いくらでも子どもを生み出す鬼蜘蛛オグリージャに勝てるわけもなく、精鋭で母蜘蛛を攻めればその間に村が滅ぼされる可能性も高い。

 かといって、他の山賊の村に助けを乞うたところで弱みを見せたと乗っ取られるのがオチである。

 どうすることもできなかった状況のなかで、アドラ達の存在は彼にとってまさに女神様の導きかと思ったほどであった。


 アドラの強さは、彼は嫌というほど理解しているつもりであった。

 そして、未知数ではあるが彼女の傍に居た男。クリスティアンと名乗る男も戦力になると、そのアドラが認めていた。なら、信用出来る。

 ならば、自分たちがここで囮となって数を可能な限り集め、その間に母蜘蛛を叩いてもらう。そのはずだったのだが……、


「(こっちに来る鬼蜘蛛オグリージャの数が少なすぎる……!! くそッ、こっちの驚異の弱さがもうバレたかよ!!)」


 二人で進む彼女たちと、その数倍の数のこちら側。

 所詮頭の良くない鬼蜘蛛オグリージャである。いくら巣に近づく存在が居たとしても、数の驚異に欺されてこちらに戦力を割くと睨んでおり、実際それが鬼蜘蛛オグリージャ討伐時のセオリーなのであるが、今回に限ってその考えは大きく外れてしまっていた。

 泣き言を叫ぶ部下には悪いが、彼の目の目に群がる程度の数は鬼蜘蛛オグリージャの本当の恐怖の半分にも届かない程度のそよ風だ。


 もっと、もっと敵の数を俺らが引きつけねぇと……!!


 先へと突っ込み大暴れして敵の驚異を引きつけたい気持ちと、時折危うさを見せる部下へのフォローに挟まれて、ハコブは悔しさと情けなさと申し訳なさを込めて、ひたすらに巨大なモールを振るうのであった。



 ※※※



「チャノ ティ チー ミコ ピフルァ」


 洞窟の入り口から中へ陣取る鬼蜘蛛オグリージャを根こそぎ巨大な炎が飲み込んでいく。

 肉が焼ける悪臭が周囲を包む。数十匹は優に居た鬼蜘蛛オグリージャの全てが一瞬で炭へと変化していた。


「良くやった」


「山火事気にしなくて良いのはやっぱり気が楽だね。あと、変なガスは溜まっていないみたいだ」


「んじゃとっとと行くか。おい、光」


「チャノ ラ イェ ミー トゥアン」


 クリスティアンの呪文に呼応して、彼の杖とアドラの手袋から優しく淡い光が放たれる。

 入り口周辺にまだ多く存在している鬼蜘蛛オグリージャが残り火に恐怖し、近づいてこない間に、彼女たちは洞窟の奥へと侵入していく。


「あ、っと。そうだ、」


 洞窟へ入りすぐにクリスティアンは振り向くと、炎の魔法で赤く熱を持ち続ける洞窟の岩肌に杖を向ける。


「チャノ チー チャウコ ウェインニィン ペー」


 ゴゴゴゴッ


「ごー!」


 彼が呪文を唱えると、洞窟の岩肌が盛り上がっていき一メートルほどの身長を持つ小型の岩ゴーレムが誕生する。


「ここを通ろうとする鬼蜘蛛オグリージャを退治して止めてくれ!」


「ごー!」


 任せろ!! とばかしに、太い岩の腕を持ち上げてやる気を示す。


「ごめん、待たせた」


「いや、ナイスだ」


「痛ッ!?」


 バシィ!! と勢いよく背中を叩かれて、この戦いが始まって一番のダメージを負ってしまったクリスティアンであった。

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