第26話


「あぁ…………だっるぅ……」


 ぼすん。

 自室に逃げ帰ってきたディアナは、着替えることも邪魔くさいとそのままベッドへと倒れ込む。

 しばらく主の居なかった部屋のベッドは、埃を多少舞い上げるものの優しく彼女の身体を支えてくれた。


 見飽き、もとい、見慣れた天井を見上げながら何も考えてい無さそうな顔で、彼女は最近の出来事を整理していく。


 魔族の男、クリスティアンが叫んだこの世界への違和感。女神様への不信感。口にしたことをまともな相手に聞かれれば、確実に頭が狂っていると判断されるであろう内容だが、言われて確かに役割というこの世界の歯車に多少の違和感を彼女も感じ始めていた。


「……ふふ」


 だが、だとしても彼女の一番の関心はそこにはなく。記憶が繰り返されるのは、彼に頭を下げた知り合いの姿。

 必死になってなにかに縋りつこうと藻掻くアドラの姿であった。


「いやいや……、やっぱり何回思い出しても笑えるよねぇ……」


 彼女とアドラは、アドラがレオを産むその前からの知り合いである。勿論、良い意味での知り合いでは決してない。

 態度はどうあれ、ディアナは賢者として国に勤める身である。そんなディアナと山賊であるアドラは、幾度となく殺し合いという場で顔を突き合わせた関係性であった。


 ディアナの魔法がアドラの全身を焼き焦がしたこともあれば、逆にアドラの大剣がディアナの全身の骨を砕いたこともある。

 繰り返される殺し合いのなかでできた嬉しくもない顔見知り。下手な知り合いより濃い付き合いのなかで、それでも彼女のあんな姿を見るのはディアナは初めてだった。


「眠らずの丘って言ってたよねぇ……、でも、それならぁ……、まあ、あの辺の山賊の村にでも寄るつもり、かなぁ?」


 頭の中で周辺の地図を展開しながら、アドラ達が通るであろうルートを模索していく。

 それと同時に、王たちに違和感を感じさせない程度にずれたルートを作り上げながら、さきほどの小さな聖女様のことを思い出していた。


 聖女に与えられた役割は、賢者同様勇者のサポートである。

 賢者が魔法のなかでも、攻撃・妨害に特化しているのに比べて、聖女は回復・補助に特化している。

 勿論ディアナも回復魔法は使えるのだが、やはり効果を見れば聖女に圧倒的な軍配があがる。

 ちなみに、勇者と聖女は結ばれなければならない。なんてことは役割にはない。歴代のなかでそうなったことが多いというだけであり、そうなったときに民草が面白がって昔話に残したというだけだ。


 だが、困ったことにあの小さな聖女様は、勇者レオと始めて会ったその日から彼にぞっこんであり、口を開けばレオ様レオ様といった具合である。

 彼のために厳しい訓練にも耐え抜き、役割を理解する10歳になる前から相応の力を見につけていることだけはディアナも評価はしているが、だからといって面倒くさいということに変わりはない。


 ただでさえ、ここからは一応の味方を誤魔化していかなくてはならない。しかも子飼いの部下にはそれなりに仕事を言っているため、現地で動くのは自分だけ。

 そんな時にあんな少女が居てもらっては面倒事が増えるだけであるため、どうやって付いてこないよう逃げ切るか。

 考え込んでいるうちに、疲れが溜まっていた彼女の身体はゆっくりと眠りへと落ちていくのであった。

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