第25話


「どぉいうことですの!!」


「マリナ……、ここには入ってきてはいけないとあれほど」


「お父様は黙っていてくださいまし!!」


「む、むぅ……」


 さきほどまであれほど力を示していたブラウリオ16世が、今や借りてきた猫のように小さく弱弱しい存在へとジョブチェンジを果たしてしまっていた。


 扉をこじ開け部屋へと侵入を開始してきた少女は、見た目だけで言うのであればまだ幼く、それでいて必ず将来絶世の美女になることが確定している美を誇るまさに美少女であった。

 だが、動く人形の如き可愛らしさも今は鳴りを潜め、その姿は、小さいながらも悪鬼羅刹か鬼の如しであった。


 体重の軽い少女の歩み程度で音が出るわけがないのだが、部屋に居る誰もが少女の一歩にまるでドラゴンの一歩のように重量感のある幻聴を聞いていた。


「あ、あはは……、こりゃ、どぉもマリナ様」


「……ディアナァ」


 王の前では余裕綽々だったディアナですら、少女が目の前に来ると恐怖……もとい、面倒くささ100%といった顔をする。


「どぉいうことですの……」


「……と、言われましてもぉ、そのぉ」


「レオ様が行方不明とはいったいどぉぉいうことですのぉぉおおお!!」


「おぅやぁくぉりゃろ、ちょ、待っ、にょろぉぉおん!?」


 小さき身体のどこにそんな力があるというのだろうか。二倍以上は体重に差がありそうな大人のディアナの襟元を掴んで持ち上げ、何度も何度も揺さぶり始めた。


「きも、きもちわるッ! ま、待ってくだしゃ、待って、吐く……、吐くぅぅぅ」


「吐きなさい!! レオ様の居場所をさっさと吐くのです!! さぁ! さぁさぁさぁ!!」


「誰かたすけてぇぇ~~ッ」


 助けを求めるディアナの情けない悲鳴を受けても、相手が相手なだけにメイドも兵士たちも動くことが出来ず、最後の頼りである王ですらどうしたものかとおろおろと情けない姿をさらしてしまっていた。


「吐きなさいッ!!」


「たぁすけてぇぇ~~ッ!」



 ※※※



「うぷ、……ぎもぢ、わる……、おぇ……、死ぬ…………」


「はぁ、はぁ……ッ! なんて強情なんですの……! さ、さっさとレオ様の居場所を吐くのです!」


 ディアナにとっては永遠にも覚えるほど、まあ実際にはそれほどではない時間揺さぶられたあと、マリナの体力が切れてしまったために、ディアナはなんとか解放されていた。


「で、ですからぁ……うぷ、……知らないんですってぇ……」


「嘘仰い!! 貴女のことは大嫌いですが、貴女の能力だけは理解しているつもりです!! いくら貴女油断していたとはいえ、何も掴めないで帰ってくるなんてことをする方ではありませんわ!!」


「いやぁ、そんな褒められると照れるといいますかぁ」


「褒めてませんですの!!」


 さっさと逃げ出したいのか、照れて誤魔化そうとするディアナをマリナは一蹴する。


「ああ……、レオ様! 貴方はいまどこにいらっしゃるというのですか……! 貴方のことを想うとこのマリナ……、心配で胸が張り裂けそうですの!!」


「ああ、そしたら少しはおっぱいが大きくなってちょうど」


「ナニカイイマシテ?」


「いえ、なにも」


「そもそも! レオ様をあんな山賊の村に置いておいたのが間違いだったのですの!!」


「そぉ仰られましてもぉ、10歳になるまではどんな役割だろうが親元で一緒に暮らすというのがこの世界の常識なわけでして、ねえ、王様ぁ」


「う、うむ、そうだぞ、マリナ。それにだ、おそらく勇者殿は母親であるアドラと一緒に居るはず、であれば命に危険は」


「山賊なぞと一緒に居ることのどこに安心要素があるというのですか!!」


「……山賊なぞ、ねえ」


「何か言いまして、ディアナ」


「なぁんにもぉ?」


「待ちなさい! どこに行こうというのですの!」


 立ち上がり、何食わぬ顔で出て行こうとするディアナを止める。


「いやぁ、ほら、ウチ……、あれですよぉ、勇者様の捜索とか、そのぉ、お仕事がありますんでぇ?」


「分かりましたわ。レオ様の捜索、わたくしも付いていきます!」


「え」


「ぶっ! マ、マリナ! 何を言い出すのだ!?」


「わたくし、まだ9歳ですが回復魔法に関してはこの国の誰にも負けない自信がありますの! なんていったって、わたくしは勇者と結ばれるべき聖女なのですから!!」


 予想外なマリナの発言に、王である前に父であるブラウリオ16世が椅子から転がり落ちそうになるほど大慌てする。


「な、なななッ! 駄目に決まっているだろう!? 確かにお前の魔法のことは理解しているが、駄目だ、駄目だ駄目だ! 10歳になり、役割を理解する前にこの城から出すわけにはいかん!!」


「なぜですの! 魔法だけではなく護身術だってずっと勉強しております! 先生にだってお墨付きは頂いておりますわ!」


「そ、それ以上に外は危険なのだ! 10歳になるまでは絶対に許さん! ディアナに任せておけば良いのだ!!」


「この方に任せていてはいつまで経ってもレオ様を見つけることは出来ませんわ!!」


「あはは、ひどい言われよぉ……」


「ディアナ! 貴女だってわたくしの魔法のことは知っているはず! わたくしが居れば心強いでしょう!?」


はい、そうですねぇぶっちゃけ邪魔ですぅ


「何か言いまして?」


「口がすべ、なんでもありません」


「とにかく! 誰がなんと言おうと、わたくしはレオ様を探しに参りますわ!!」


「ぜぇったいに駄目だァ!!」


「……阿保くさ…………」


 言い合いを続ける親子から逃げるように、ディアナはこそこそと部屋をあとにするのであった。

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