第22話


「…………」


「おぃ、もう少し下がってろ」


「おー?」


「お前自身が焼けるって言ってんだよ」


 アドラの耳は正しかった。

 彼女が見つけた綺麗な小川の傍で、手頃な石で作った簡易なかまど。その上でジュージューと油をこぼしながら焼けている狼の肉を、穴が空くほど見つめ続けるモニカの首根っこを掴んで少し後ろに下がらせる。


「お肉好きなの?」


「そうとも言う!」


 ころんと転がりそうなモニカをレオが支える。危険な山の中とは思えないほど楽しそうに幼い二人は話し合っている。


「……で。お前はどれだけ時間をかけるつもりだ」


「だから魔法を使わせてくれたらすぐだって言っているじゃないか!?」


 息子(と一応少女も)を見守る優しい瞳から一転、呆れかえった瞳を向けた先には、ずぶ濡れになりながら川のなかで下手くそなダンスを踊るクリスティアンの姿があった。


「なんでもかんでも魔法に頼ってるから咄嗟の時の動作が遅れるんだ。魚ぐらい素手で取れ」


「コ、コツとか教えてくれても良いだろう!」


「感じろ」


 かれこれ二十分以上彼は川の中で魚と格闘を続けていた。勝敗は、火を見るより明らかで魚の連戦連勝であり、結果として彼はまるで下手くそなダンスを披露するまぬけなダンサーのようになってしまっていた。



 ※※※



「はァ……ッ! はァ……ッ!」


「結局坊主かよ。おぃ、このままじゃ肉しかねえじゃねえか」


「すばらしい」


「お前は黙ってろ」


「おー」


 川辺に倒れ込み肩で息をするクリスティアンに、アドラも実の娘も優しさの欠片もない。唯一、レオだけが苦しそうにしている彼の背中を撫でてあげていた。


「レオだってこれだけ時間があれば五匹は捕まえるぞ」


「そ、そんなゴホッ! そんなこと言ったって……」


「ママ……、あんまりおじさんを責めてあげないで」


「レオくん……」


「駄目な時はもう何しても駄目だから家帰って酒飲んで寝るってバジャルドさんも言ってたし!」


「あの野郎……ッ」


 知らぬところでヘイトを稼ぐバジャルドが次彼女と会ったときにどうなるかはひとまず置いておくことにする。


「おー」


「うん?」


 くいくい、とモニカがアドラのズボンの裾を引っ張る。


「なんだ」


「おー、あー……、おー」


「…………アドラで良いぞ」


「おー、アドラ。モニカはおにくだけでもよいとおもうこともある」


「駄目に決まってんだろ」


 瞳を輝かせるモニカの額を軽くこつき、彼女は川辺へと足を進める。さきほどまでクリスティアンをおちょくっていた魚たちがこれ見よがしに空中へ飛び跳ねる様子を見つめながら、彼女はおもむろに。


「よいせ」


 川から顔を出す大きめの岩に向かって、川辺の転がっていたこれまた大きめの岩を無造作にぶつけた。


「え」


 鈍い破砕音と共に広がった衝撃が水の中を駆け巡る。

 少しの間を置いて、ぷかぁ……と何匹もの魚が気絶し水面に浮かんでくる。


「これで良し」


「ちょ、ちょっと!?」


 川の中に入っていき、浮かぶ魚を拾う彼女にクリスティアンが慌てて声を掛ける。


「なんだよ」


「え、いや、それ素手じゃなくないかい!?」


「素手で岩投げただろうが」


「いやいやいやッ!」


「別に普通に素手でも捕れるけど、こっちのが早い。誰かさんのせいで時間も無駄にしたしな」


「うッ」


 食べきれる分だけの魚を捕ってきたアドラは、すぐに器用に魚を捌いて、適当な棒を刺しこみ、かまどの火のそばで炙っていく。


「さ、これが焼けたら飯にするぞ」



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