第21話
「と、いうわけでしばらく二人と一緒に旅に出ることになったからね」
「ほんとッ!? やったーッ! みんなでお出かけだー!」
「おー?」
日が昇り、明るさを取り戻した山の中に少年の喜びの声と、続いて少女のあまりよく分かってなさそうな声が響く。
「いや、だから……」
ただ一人、アドラが言った言葉の内容に否定的な態度を取ろうと頑張るクリスティアンのことは誰も気にも留めてはくれなかった。
「それじゃあ、改めて自己紹介しないとね。レオ? 二人に挨拶出来るかな?」
「うん! 大丈夫だよ!」
えへん、と胸を張る小さな勇者様は、母親の愛おしい瞳に見守れながらクリスティアンとモニカへと向き直る。
「僕の名前はレオです! 今年で9歳になります! よろしくお願いします!」
「おー……、モニカは、モニカ。…………たぶん、8歳……?」
小さな両手を指折り数えて、それでも彼女は疑問形で答えてくる。これで本当に魔王なのかと疑ってしまうアドラを誰が責められようか。
「ええ、と、私は」
「あと、モニカはまおー」
「ぶッ!」
半ば諦めて自己紹介をしようとしたクリスティアンだったが、続いていた娘の言葉に思いっきり噴き出してしまった。
「モ、モニカ!」
「……おぃ、娘にちゃんと言っとけよ…………」
「おー?」
自分がしでかしたことの重大さに気付かずに、彼女は慌てる父親に首をこてんと傾げる。
「……魔王?」
「あー……、レオ? 確かに彼女は魔王で、クリスティアンも二人とも魔族なんだけど、なんと言うか……」
「すごいや! 僕、魔王に会ったの初めてだよ!」
「そうくるかー」
瞳をキラキラと輝かせて興奮する息子を目の当たりにして、自分は自分で育て方間違えただろうかと、アドラは痛む頭に手を当てた。
「いいかい、モニカ。自分の役割が魔王だということと、魔族だということは絶対に秘密だと何度も何度もお父さんと約束したよね?」
「おー……、たしかに」
「モニカちゃんは魔王なんだって! すごいね、ママ!」
「う、うぅん……、勇者とか以前にヒト族としてその反応は駄目だと思うけど、はぁ……、キラキラしてるうちの子かぁいい……」
両家族、それぞれ親と子で言動に違いはあれど、一旦自己紹介が中止となったのだった。
※※※
「モニカは、まおーじゃない」
「うん、その言い方もやめようか」
「おー?」
「何してんだ、早く行くぞ」
「モニカちゃーん! クリスティアンおじさん! はやくはやくーッ!」
野営の後を片付けたアドラが、先頭に立って山の中を進み出す。そのあとをレオが追いかけながらまだ話し合っていた二人へ声を飛ばす。
「わわッ! ちょ、ちょっと待って!」
「おー」
慌てて自分の荷物を背負うクリスティアンを放置して、てこてことモニカは先行く二人を追いかけて、嬉しそうにレオと手を握って歩き出した。
「レオ、あとモニカも。この森はヤバいのがちょくちょく出てくるから絶対私の後ろから離れないこと。良い?」
「うん! 分かったよ、ママ!」
「おー」
「てめぇも足手まといになるなよ」
「はは……、頑張るよ……」
子ども二人を大人二人が挟む形で、4人は山の中を昇っていく。
この森の獣たちにとって特に幼い二人はカモがネギどころか、鍋とカセットコンロと薬味とポン酢を持ってきたようなものであり、少し進むたびに、様々な獰猛な獣たちが襲い掛かってきた。
その全てを、アドラが一人でねじ伏せていく。巨大な大剣の一振りで巨大な虎のような獣、その大口の牙ごと粉砕し、天から襲い掛かる巨大な鳥は手頃な岩をその嘴の奥へと投げ込み地に落とす。
念のためにとクリスティアンが子供たちをそのたびに魔法で守るのだが、防護壁が役割を果たすことは一度も起きなかった。
「ママ、かっこいいー!」
「おーッ」
熊ほどの大きさを誇る巨大な双頭狼の首を二つ一気に潰し終えた時には、太陽も真上へと昇り切り、ちょうどお昼を示していた。
「ちょうど良い、こいつを飯にするか」
「おにく……!」
「こ、これは……食べれるのかぃ?」
「旨くはねえが、まずくもねえ」
切れ味の良い小さなナイフを荷物から取り出して、彼女は器用に双頭狼を解体していく。
必要な分だけを取り出して、あとは爪を二本だけ失敬する。
「おにくッ」
「待て、ここじゃ食わねえよ。たぶん、近くから水の音がするし、川があるはずだ。そこまで待て」
「……いたしかたない」
「意味分かって言ってんのか?」
「残りは、どうするんだい?」
「いつもなら全部持って帰るんだが、まあ……、山に任せるよ」
ゆっくりと濃くなり始める生き物の気配を感じながら、追ってこないようにと彼女は殺気を飛ばす。
「さ、行くよ。レオ?」
「…………。うんッ」
狼の骸の前で手を合わせていた彼は、アドラに呼びかけられすぐさま後を追いかけていく。
「ところで……、本当に川があるのかい? 水の音なんかまったくしないんだけど」
「そう思うならここで待ってろ」
「いや、そういうわけじゃ!」
情け容赦なく置いて行かれる。
それが分かっているので、クリスティアンも慌てて彼女の後を追いかけていくのであった。
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