第20話


 まだ夜が明けていない山の中は暗く、静かで、危険であった。

 音はせずとも、何者かの気配だけがとても濃い。気をぬけば、あっという間に餌となってしまうだろう。


 朝になるまで待つのが定石な山の中で、あえて洞窟から出てくるのは4人。


「すぐに君の村へ戻ろう。彼女の話が本当だとしたら村が危ない」


 いまだに機嫌を直してくれない娘に落ち込みつつも、クリスティアンはこれからの行動を考える。


「間に合うかは分からないが、君の足なら相当速く戻れるだろう? 任せてくれるならレオくんは私が必ず守って……、アドラ?」


 振り向き見れば、ぶつぶつと悩み続ける彼女の姿。


「レオがここに居て、あいつがここに来て……、一緒に来たのは城勤めの騎士で……、頑張って…………、あ」


 その身で巨大な炎魔法を受け止め、顎を打ち抜かれて脳が揺らされている。もしや、どこか身体に異変でもあるのだろうか。クリスティアンがそう心配になった時、彼女が小さく言葉を零し、


「ぁああぁぁぁあぁああああああ!!」


 悲鳴のような大声をあげ、頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。


「ま、ママ!?」


「アドラ、どうしたんだいッ」


「おー?」


「ぁ、ぁぁ、ぁあの野郎……! やっちまった……、無駄に似合わねえことしてくると思ったらそういうことか……!」


「ァ、アドラ……?」


「ディアナの奴に借り作っちまったァァアア!!」


 アドラの魂の叫びに驚いて、隠れていた山の獣たちが我先にと飛び出し、逃げ去っていった。



※※※



「村に戻らないで良いというのは、どういうことだい?」


 さきほどまでの洞窟から更に山を北上して見つけた別の小さな洞窟で、4人は火にあたりながら夜明けを待っていた。

 取り乱していたアドラが落ち着きを取り戻すと、村へは戻らないと言い放ち見つけた洞窟である。ようやく一呼吸整えて、クリスティアンは彼女に問いかける。


「ディアナが嘘ついていないと仮定してだが、もう騎士が村を襲い終わっているはずだよ」


「ならッ」


「ああ。村の奴らは全員無事だ」


「…………どういうことだぃ?」


 夜遅く、さらには疲れも合わさってレオとモニカの二人は深い眠りについていた。仲良くくっついて眠る二人の姿を愛おしくも複雑な思いで見つめながら彼女は息子の髪を優しく撫でる。


「あいつの子飼ならともかく、真面目な城勤めの騎士様なんぞに遅れを取る奴らじゃねえってことだ。それも逃げるだけなら地の利もあって準備もしているこっちのが有利。まず間違いなく逃げ切っているよ」


「だが……」


「それに、レオも連れてきてたしな」


「?」


「勇者も魔王もまだ役割を理解していない以上、あいつは間違いなく最強の部類に入る人間だ。そんなあいつを個で止めるなんてふざけた真似出来るのは、あたしの知る限り極数人とレオくらいなもん。わざと自分の弱点連れてきて、しかも止めさせたんだろうな、この子の性格まで考慮して」


「……どうして彼女はそんな真似をしたんだい?」


 彼の問いに、アドラは答えない。

 さらさらと手を零れていく息子の髪を愛おしく撫でながら、ほんの少しだけ疲れた表情で遠い目をする。


「アドラ?」


「……、あたしらも」


「うん」


「あんた達の旅に同行する」


「……うん?」


 聞き間違えたか。

 思いも寄らない言葉を彼女が口にして、彼の混乱度はどんどんと上昇していく。せめてきちんと説明してくれと叫びたくなるが、今それをすれば五月蠅いと殴られそうだとぐっと我慢する。


「ぇ、ええと……、自分が何を言っているのか分かっているのかい?」


「行き当たりばったりなあんたには言われたくない」


「それは……。い、今は良いじゃないか。そんなことより、私たちと一緒に来るというのがどういうことか分かっているのかぃ? 私とこの子は、魔族と魔王だ」


「あたしらは、山賊と勇者だね。こっちのほうがよっぽど変な組み合わせさ」


「いやいやいや。そうじゃない、分かって言っているんだろう? ヒト族と魔族が一緒に行動するなんてありえないじゃないか」


「そもそも役割を否定しているあんたが言えた義理か。良いだろう? あたしは山賊。人目を避けて行動することは得意だし、何よりヒト族の村にだって入ることは出来る」


 彼女は、息子から目をそらさず決して彼の方を見ようとしない。


「そ、そりゃ私にとってはありがたいが……、だが、魔族と行動していることが知られたら……」


「この子は勇者。ある程度の悪い噂は国がもみ消すさ。あたしの方は……、悪名なんざ今更だね」


「しかし……」


「クドいよ。駄目だと言っても勝手に付いていくだけさ。悪いが、火傷が痛むんで、少し寝させてもらうよ。番は頼んだ」


「ちょ…………、はぁ……」


 毛布に包まり、壁に背を預けて座ったまま瞳を閉じてしまった彼女に、何を言っても無駄だろうと彼はため息を零してひとまずの説得を諦めた。



※※※



「あ~…………、……ぁ痛たたた……」


 アドラ達が洞窟を出て行った後、唯一残ったディアナは彼らの気配が洞窟の入り口付近から遠ざかっていくのを確認し、身体の痛みに顔をしかめだす。


「衝撃は殺しきったはずなんだけどなぁ……、あの馬鹿力相変わらずどんな力しているのか意味分かんなぁい……」


 服が汚れるのを気にもとめずに、彼女は地べたへと座り込む。

 痛む身体を摩りながら、岩陰に隠れながら聞いた彼らの会話を思い出していた。


「息子と一緒に居たいんだ……か…………、なっはっは! 馬ッ鹿みたい、馬ッ鹿みたァ~い!」


 それは、アドラの叫び。本人ですら分かっていなかった彼女の本心。声に出すことで初めて気付いたその心。

 その中身を聞いたとき、思わず笑い出しそうになってしまって大いに慌てたことも合わさって、今、彼女は一人で大笑いを続けていた。


「仕方ない、仕方ない。自分は山賊あの子は勇者。だから仕方ない。仕方ない。ああ、くだらない。ああ、くだらない! そぉかァ……、あいつの仕方ないを聞いていて面白くなかったのはだからなんだねぇ~? ほぉんと、素直じゃないねぇ、素直じゃないよぅ」


 あまりに笑いすぎて、遂に涙まで出てきてしまっていた。

 さきほどから服の中に忍ばせた遠隔会話の魔道具が震え続けている。対応する必要すらない、どうせ自分が彼女たちの前に出て行く前に指示した山賊討伐の命令に失敗したという報告だろう。

 そんな下らない話を聞く時間が持ったいない、と彼女は一人大笑いを続ける。


「かと言ってぇ、御優しいあんたは村の子分共が気になってあのままじゃ付いていくことも出来ないもんねぇ? なっはっは、馬ッ鹿みたい! ……ああ、それにしてもォ……」


 ようやく落ち着きを取り戻してきた彼女は、もう一人。

 アドラに傍に居た魔族の青年のことを思い出す。


「……役割の否定。矛盾……、言われてみればァ、そうなんだよねぇ? ……、言われてみれば分かるんだけどぉ、分からなかったんだよねぇ? なんだろうねぇ、なぁんだろうねぇ?」


 いい加減震え続ける魔道具に反応してやるか。と彼女は服の中に手を差し込みながら、楽しそうに微笑んだ。

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