第19話


「喧嘩しちゃ駄目でしょッ!!」


 一瞬即発。

 クリスティアンの練り込まれた魔力が余裕しゃくしゃくのディアナへと放たれるその前に二人の間に飛び込んできた小さい影。

 それは、村に居るはずの小さな勇者レオであった。

 まだ小さく短い腕を精一杯広げ、ディアナに背を向けてクリスティアンの前に立ちふさがる。


「レ、オくん!?」


「おじさん! ディアナさんは変な人だけど悪い人じゃないから魔法で攻撃したら駄目ッ!」


「なはは、変な人かぁ~」


「ディアナさんも! お母さんの上に座っちゃ駄目でしょ!」


「レオくん! ちゃんとあとで説明するから今はこっちへ来てくれ!」


 いくら勇者と言えども、彼はまだ9歳の子ども。この状態で彼を人質にされてしまえば、クリスティアンに勝ち目などは一つもなくなってしまう。それどころか、アドラに自身を殺すように命令だって出来るかもしれない。

 そう思ったクリスティアンは大いに焦り、レオを呼ぶが、残念なことに彼はそれに応えようとしない。


「いやぁ、なんと言いますかァ……、これには深いような浅いような理由がぁ」


「良いから早くお母さんから降りるのッ」


「はぁ~い……」


「レオく、……え?」


 こうなったら無理やりにでも、と足を前に出そうとしたクリスティアンは目と耳を疑った。

 あれほどまでに自由気ままだったディアナが、レオの言う通りアドラからすぐに降りたのだ。


「あとこの石の縄もディアナさんのせいだよね? これも早く解いて」


「はぁ~い……」


 剰え、アドラを縛っていた魔法まで解除しだす。

 元々緊張感がなかった彼女ではあるのだが、今の彼女はまるでいたずらがバレて親に叱られている子どものようであった。


「ディアナさんはそこでちょっと立ってて! 何もしちゃ駄目だからね!」


「はぁ~い……」


「ママッ! ママ大丈夫ッ!」


 魔法が解除され、自由になったアドラの傍に駆け寄ってゆさりゆさりと彼女を揺らす。顎を打ち抜かれ気絶しているので揺さぶるのは返って問題かもしれないが、それを注意出来るような余裕はクリスティアンにはなく。また、注意してあげるような優しさはディアナにはなかった。


「ど、どういう……、え?」


「賢者だからねぇ~……、ウチって」


 腕をぷらぷらと揺らしながら、彼女は分かり易くため息をつく。


「賢者ってさァ、勇者のサポートが役割なわけでぇ~……、レオくんのお願いとか命令とか断れないんだよぉ、基本ウチは」


 そんなことがあるのか。

 と、クリスティアンは思わなかった。魔族にとって魔王の命令は絶対だと言われている。のであれば、勇者の命令が絶対となってしまう存在が居ても不思議ではない。


「……ぅ、……ぁ……ぁあ?」


「ママ? ママッ」


「レ……ぉ…………、…………レオ!? ぁぐッ!」


 意識を取り戻したアドラは、霞む視界のなかに居るはずのない息子の姿を見る。驚きのままに身体を持ち上げようとしたため、鈍い痛みが顎を中心として全身へ響いていく。


「駄目だよ、お母さん! 無理したらッ」


「痛っっ、レ、レオ? どうして、あなたがここに……」


「ディアナさんが連れてきてくれたんだ。お母さんと大切な話があるって言うから離れたところで待ってたんだけど、大きな音がして心配で見に来たら、ディアナさんとおじさんが喧嘩してたんだよ!」


「そう、ディアナが……ディアナ? ……ッ! てめぇ、ディア……、なにしてんだ、てめぇ」


「あんたの息子の何もするなって言われたので何もせず静かに立ってまぁ~す」


「…………ああ、そうかい」


 ひらひらと手を振る彼女に、さすがのアドラの怒りもどこかへ行ってしまっていた。……息子が目の前に居るということも大きな要因ではあるが。


「二人ともどうして喧嘩してたの? ちゃんと仲直りしないと駄目だよ!」


「いや……、喧嘩というわけでは、わわッ! こ、こらモニカ!」


「んーッ!」


 今までずっと大人しかったモニカが、急に暴れ出す。父親の腕から脱走した彼女は一目散にレオのもとへと駆け寄って、彼の背中に隠れてしまう。


「モ、モニカ!」


「ヤッ」


「ヤじゃなくて、良いからこっちへおいで、良い子だから」


「ヤッ」


「ほら! おじさんが喧嘩なんかするからモニカちゃんも怒ってるじゃない!」


「そういう話じゃないんだよ、レオくん……、モ、モニカぁ……」


 娘に拒否され、涙目になってしまっている情けない父親の姿。とはいえ、それを情けないと言えないアドラは、むしろ自身が一番暴れている様子を息子に見られずに済んで良かった、と内心ほっとしていた。


「とりあえず、」


 痛む身体に鞭を打ち、彼女をなんとか立ち上がる。


「ここを出るぞ。レオ、モニカちゃんの手をしっかり握ってあげられるよね」


「うん!」


「え~……、逃げるのぉ?」


「当たり前だろうが、ボケ」


「あとで怒られるんだけどなぁ……、仕方ないかぁ、勇者様の命令には従わないといけないんだしぃ……?」


「ママ、ママ。ディアナさんは一緒に行かないの?」


「ええ、彼女はここで用事があるらしいのよ。そうよね?」


「はいはぁ~い、用事がありまぁす」


「そうなんだ……、じゃあまたねディアナさん! もう喧嘩しちゃ駄目だからね! あと、連れてきてくれてありがとうッ」


「どういたしましてぇ~、またねぇ~。あ、そうそう、アドラァ」


 落ち込むクリスティアン、レオとモニカ、最後にアドラの順番で洞窟をあとにしようとしていれば、ディアナが呼び止める。


「ンだよ」


「頑張ってねぇ~」


「……は?」


「なんでもなぁい、なんでもなぁい」


 妙に含みのある笑いをする彼女を怪訝に思いつつも、アドラは先を行く三人を追いかけるのであった。

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