第16話


「私は、」


 浮かべる笑顔とは裏腹に圧倒的な力を以てして脅してくるディアナの問いに、クリスティアンの身体が強張っていく。

 腕に抱く小さな命。何をしてでも守り通すと決めた娘が、不安そうに彼を見上げているのを感じ取る。


「私はこの子の父親だ」


 小さく、だが、確固たる意志を込めて彼は言葉を発する。まるで自分自身に言い聞かせるように。


「ふぅん? なら、見捨てて逃げたら良かったんじゃないのぉ?」


「違う」


 何が楽しいのか。彼の言葉を受けて、ディアナの機嫌はどんどんと上昇していく。


「ただ生きるためじゃない。この子が、この子が幸せになれるように守るのが私の役目だ。この子に、自分たちを守ってくれている存在を見捨てるような、そんな無様な姿は見せられない!」


「それで死んだら意味ないと思うけどねぇ」


「ああ、そうだ。だから……、頼む」


「うぅん?」


「見逃してくれ」


「…………ぷっ!?」


 ――ぽかん


 まさにこの音が似合うほどに一瞬呆けたディアナだったが、言葉の意味を脳で噛み締めて理解した途端に耐えることなく吹き出してしまう。

 腹を抱えて大笑いする彼女を、アドラとクリスティアンは真剣な顔で見つめ続ける。


「ひぃ……ひぃ……、ふ、ふつうそこでウチにそれ頼むかなぁ? も、もぉさすがに、おなか、おなか痛い……」


「可能性があるなら、出来ることは全てしたい」


「やめて、真剣な顔で話続けないで……ッ! な、なるほどねぇ……、あー……、アドラがほだされるのも分かるような分からないようなぁ……」


「ほだされてねぇよ、ボケが」


「ふぅ…………、まぁねぇ? ウチ個人としては見逃してあげても良いんだけどぉ」


「なら……ッ!」


 前のめりになりそうなクリスティアンへ、彼女は片手を突き出し制止させる。


「これでも王国勤めでさぁ……、今回もウチ以外は王国から派遣された真面目な騎士様たちなんだよねぇ……、ここに居るのはウチだけで他は全員あの村の近くに居るけど」


 突き出した手。その内二本を折って三本だけ前に出す。


「ウチが受けた命令は、三つ。近隣に出没しているという魔族の退治」


 一本を折る。


「山賊の討伐」


 一本を折る。


「最後が、勇者の保護」


 一本を折る。

 折り切って、彼女はクリスティアンの表情に満足する。


「やっぱり言ってなかったんだねぇ」


「山賊、勇者……?」


「…………」


 アドラの殺してやると言わんばかりの瞳をさらりと受け流し、彼女は勝手に言葉を続ける。


「共闘するのも良いけどさぁ、相手の素性は知っておくべきなんじゃないのかなぁ? そこの女は、ここいらを取り仕切る女山賊で、彼女の息子は」


 ――ガギンッ!


 瞬間的に距離を詰め、振り下ろされた大剣はディアナにぶち込まれる数十㎝前で見えない何かに阻まれる。

 呼吸が荒く、血走った瞳のアドラはまるで手負いの獣。阻まれた大剣に力を込めて見えない何かを無理やりにでも破壊しようと試みる。


 ガラスにヒビが入るような甲高い音を立てながら軋む空間を楽しそうに一瞥し、彼女は視線をクリスティアンへと戻す。


「彼女の息子は」


「黙れディアナァ!!」


「勇者だよ。魔王のパパさん」

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