第15話
「モニカッ!」
迫る炎に背を向けて、腕の中の娘をこれでもかと強く抱きしめる。己の身を盾に、少しでも娘が生き残る可能性を上げるために。
火山口にでも立っているかと錯覚するほどの熱風が、彼の身体に襲い掛かる。瞬間的に身体中から汗が噴き出しては蒸発していく。
だが、それだけだ。覚悟していた痛みや直接的な熱さがいつまで経っても彼の背に襲い掛かることがなかった。
どういうことかと、首だけを後ろに回したクリスティアンは、視界に映る光景に目を疑った。
「ガッ…………ぐぅぅぅゥウウ!!」
「アドラッ!?」
鉄塊の如き大剣の腹を構えて、すべてを燃やし尽くさんとする凶悪な火の玉を彼女は受け止めていた。
熱のせいで大剣は赤く発光し、握り支える手からは肉が焼ける音がする。勿論、剣で隠れているとはいえ至近距離の肉体がただですむはずもなく、手だけでなく彼女の全身が燃えようとしていた。
「ぎァッ! ぐぎぎぃィイ!!」
クリスティアンを簡単に持ち上げ、放り投げることほどの筋力を誇る彼女だが、火の玉の勢いを殺すことが出来ない。万力で以てして踏ん張ろうとも、少しずつ少しずつと後ろへ押し込まれていく。
――今なら逃げれるかもしれない。
巨大な火の玉とアドラのおかげで、クリスティアンとモニカの姿はディアナから隠れている。アドラをこのまま見捨てて、視界を奪う霧状の魔法か何かを唱えた上で走れば無事にここから、彼女から逃げ切ることが出来るかもしれない。
頭に過ぎった考えを噛みしめて、彼は振り向き右手を前に伸ばして呪文を唱える。
「チャノ ミコ ピフルァ!」
彼が生み出した火の玉が、ディアナが生み出した巨大な火の玉の上側に衝突し爆発する。
魔力を全力で込めれば相殺出来る火の玉を生み出すことは可能だろうが、そんなことをすれば周囲が爆発に巻き込まれる。それを考慮しての弱い威力の火の玉では、ディアナの魔法を消滅させることなど出来るはずがない。だが、それで良かった。
「オ、ォォオオッッ!」
巨大な火の玉は、受けた衝撃で進行方向が若干上向きに強制変更される。そこまで持っていきさえすれば、
「ォォオオオララァァァアアアッッッ!!」
アドラが熱さに耐えながら、大剣を押し込み、火の玉の進行方向を天井へと力尽くで変えてしまった。
「チャノ ナンジャンゴ ムゥエ!」
爆ぜる火の玉が天井を崩していく。
土砂が彼らを襲う前に、クリスティアンが唱えた魔法の効果で、足下の土が防壁となって彼ら三人を守り切る。
「わわ、わッ! 煙たいのは苦手なのにぃ」
当然、ディアナにも土砂は襲いかかるのだが、いつの間に唱えたのか見えない壁が彼女を守っており、彼女は巨大な土の塊などよりも舞う土埃のほうを気にしている始末。
たった一発。
ディアナが唱えたたった一発の魔法で、洞窟内部はめちゃくちゃに破壊されてしまった。崩落していないのが不思議なほどでもある。それほどまでの威力のある一発であった。
「……あれ? 本当に死んじゃった?」
「死ぬかボケェ!!」
自身を守ってくれていた土の防壁を内部から破壊して、アドラが鬼の形相で飛び出してくる。
その身は全身が火傷を負っているけれども問題なく動いており、瞳に宿る怒りの炎が彼女の本気を示していた。
「なはは~、ウチの魔法を物理的に力技でどうにか出来るなんてやっぱりあんたの馬鹿力は意味不明だよねぇ」
「うるせぇ……! それより、覚悟出来てんだろうなァ!?」
「それを改めて聞いてくれるなんて優しいよねぇ? そんなこと、よ、り?」
今にも大剣を振りかぶって飛び込んできそうなほど怒っているように見えながらも、警戒してすぐに飛び込んで来ない彼女を無視して、ディアナはにやぁ、とクリスティアンへといやらしい笑みを向ける。
「さっき、逃げれたよねぇ? どぉしてアドラを助けたのかなぁ」
「…………」
「角はないみたいだけどぉ、お兄さんは魔族なんでしょぉ? それなのに、どぉしてヒト族のアドラを見捨てて逃げなかったのかな? っとぉう!?」
――ちゅどん!
その辺に転がる石でさえ、アドラが全力で蹴り飛ばせば砲弾の如き破壊力を誇る。
ディアナはそれをおかしな掛け声と、無駄にしか見えない動きで、だが軽やかに危なげなく避けきる。
「ちょっとぉ~! 危ないじゃなぃ!」
「うるッ! せェ!!」
「やぁん! ほっ、いやッ! ん~~ッ! よいしょぉ!」
一発でも当たれば致命傷になりそうな石の砲撃をディアナは次々避けていく。彼女の動きは一つ一つがどこか扇情的で、掛け声はともかく、娼館の踊り子のようであった。
「当たれよッ!」
「無茶言わないでよぉ……」
適当な石すべてを蹴り飛ばしてしまっても、ディアナは変わらず無傷のままであった。
「それでぇ? どぉしてアドラを見捨てなかったのかなぁ?」
歯ぎしりして悔しがっても、アドラが飛び込んでいかないのはディアナの強さを知っているから。策もなく飛び込んでも彼女に勝てないことを嫌というほどに理解しているから。
そんな彼女の悔しさすらも分かった上で、ディアナは楽しそうにクリスティアンへ同じ問いをする。
「――私は、」
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