第14話


 多くの役割に溢れるこの世界で、最も魔法に適している役割は? と尋ねれば、学のある者であれば誰もが皆それは魔王だと口にする。

 では、その次は? と尋ねれば、返ってくる答えが、賢者である。

 勇者、魔王と同様に同時期に一人しか存在し得ない特殊な役割であり、歴代の賢者は勇者を助け、その勝利に大きく貢献してきた。


 魔王には劣るとはいえ、賢者の役割を持つ者は、類い希なる魔法の才を持ち、その身に莫大な魔力を有することになる。智が関与する事象に対して多くの補正を受けるとも言われ、歩く図書館とも呼ばれるほどに多くの知識を苦も無く吸収し、用いることが出来るようになると言われている。


 アドラは、目の前のディアナがその賢者であると言う。それはつまり、魔王であるモニカが本当の意味で役割を理解していない今、山の中には不似合いな高級情婦にしか見えない彼女こそが現状世界で一番魔法に適している存在であるということであった。


「彼女が……、賢者……」


「見た目に欺されるなよ、あのクソ野郎は性格も見た目もクソだが、性能だけは立派に賢者様なクソ野郎だ」


「なはは~、ひどい言われようだねぇ」


 なかなかにひどいアドラの台詞を、まったく気にした様子もなくディアナは笑っている。緊張感が皆無の彼女とは裏腹に、いとも簡単に自身の魔法がかき消されてしまったクリスティアンの額には、冷や汗が一筋垂れ落ちる。


「いったい何の用だ。てめぇがわざわざこんな山の中に来るほど仕事に熱心なわけもねえだろうに」


「え~? これでも立派な賢者だしぃ? 国の命令にはそこはかとなぁくで従うんだけどなぁ」


「嘘つけ」


「ひど~い! まぁ~? 何の用かと聞かれたら、ほら、あんたには言ったけど、魔族の女の子が居るらしいって噂が流れているわけでぇ、それを放置とかにはいかないから、ああ、逃げちゃ駄目だよぉ?」


「ッ」


 一切の警戒心など出すこともなく、アドラとのおしゃべりを内容はともかく楽しんでいる様子のディアナ。今のうちにほんの少しでも彼女と距離を取ろうと試みたクリスティアンが、足を動かすどころか、動かすために力を込めた時には、彼女からの静止の声がかかる。


「もぉ~! 逃げられちゃったらウチが怒られるんだからぁ! そんな悪い子にはちょっとだけお仕置きだ~」


 気負うこともなく、


「チャマ ミコ ピフルァ」


 彼女は歌うように呪文を唱える。もっとも、


「!?」


 生ずる結果に、彼女の楽さが現れることはなかったが。

 さきほどクリスティアンが唱えたものと同種の炎の魔法。にも関わらず、彼女の手元に出現した炎の大きさは彼のモノより軽く二回り以上巨大であり、少し離れた場所に居る彼らにすぐに届く熱風が炎の持つ熱量の大きさを物語っていた。


「ディアナッ!!」


「なはは~、死んじゃったらごめんねぇ~?」


 躊躇なく彼女はソレをクリスティアンに向けて放つ。

 咄嗟に対抗魔法を唱えることが出来ないほどの速さで、彼と娘の命を容易く奪う炎が術者の性格を写すように容赦なく二人に襲いかかった。

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