第13話


「これから、どうするんだい」


 クリスティアンの膝の上で必死におかわりしたスープをまぐまぐ食べ続けるモニカに視線を送りながら、アドラは尋ねた。


「さっきも言った通りまずは女神が降臨されたところを目指すつもりだよ」


「ずっと北上しているってことは……、眠らずの丘か」


「うん。まずはそこで、少し調べてみようと思うんだ」


「うや」


 食べることに一生懸命過ぎて汚れてしまっている娘の口周りを彼は優しく拭ってやる。


「本当は、この近くに勇者の役割を持つ人間が居るって噂も聞いていたから少しだけ期待はしてたんだけど……、でもまあ冷静に考えれば勇者に会ったら殺し合いになってしまうんだろうね」


「普通はな」


 せっかく綺麗になってもすぐに汚していく娘に苦笑しながら、それでも彼は幸せで優しい笑みを浮かべる。


「そういえば……、今更なんだけど」


「なんだ」


「君の名前は、なんというんだい」


「…………ああ、そういえば名乗ってなかったか」


「もし良かったら、教えてくれないかい」


「……、アドラだ」


 戦場での名乗りならいざ知らず、いや、騎士でもない彼女がそんな御行儀の良い行動をするわけがないが、魔族に名を名乗るという違和感に彼女は思わず笑ってしまう。


「アドラ。君とこうして出会えたことを、助けてくれたこと、話を聞いてくれたこと、本当に感謝する」


「やめろ。魔族に感謝されるなんて気持ち悪い」


「ははっ、そうかな。……そうかな」


「ああ」


「もし……、役割を捨てる方法が分かったら、君の所にも伝えに行くよ。息子さん、なにかあるんだろう」


「…………」


「私たちは朝になったらここを出て行くが、君はどうする」


「……、あたしは」




「いやぁ~、こんなところに居たんだねぇ」




「「!!」」


「ぅ?」


 突如会話に入り込んできた女性の声に、クリスティアンはモニカを左手で抱え、逆の手に杖を握って飛び上がる。

 そして、アドラは聞き慣れたその声に歯ぎしりし、クリスティアン同様飛び上がりながら大剣を抜く。


「誰だッ!」


「てめぇ……ッ!」


 パチパチと燃える火の明かりに照らされて、洞窟のなかへと歩いてきたのは、山の中を歩く恰好とは思えないほどゆるいローブに身を包んだ女性。ディアナであった。


「案内させたのか……」


「よっぽど焦ってたんじゃなぁい? 普段のあんたならウチの尾行に気付かないわけないもんねぇ」


「アドラの、知り合いかい」


「最低のな。おい、それ以上近づいたらぶっ飛ばすぞ」


 彼女の静止を気にも留めず、ディアナは自身の豊満な肉体をわざと誇張する艶めかしい歩き方でゆっくりと近づいてくる。


「それにしても? まさか本当に魔族の女の子がいるなんて、びっくりだよねぇ~……。これは、もしかして、あっちの噂も本当なのかなぁ?」


 彼女は、修道女のように優しく、商売女のように厭らしい笑みを浮かべて楽しそうに言葉を紡ぐ。


「その子がぁ、魔王だってう、わ、さ?」


「チャノ ミコ ピフルァ!」


「待ッ!!」


 ディアナの言葉に反応したクリスティアンが火球を放つ。殺す気ではない、牽制の意味を込めた火球はディアナに届く前に、


「チャマ フナゥフイェ」


 跡形もなく消え去ってしまった。


「なッ!?」


 牽制の意味を込めたとはいえ、それでもそう簡単に消されるような魔力を込めたわけではない。それを、まるで鼻歌を口ずさむかのような気楽な詠唱でかき消されてしまったことに、クリスティアンは動揺を隠せなかった。


「なはは~、すごいねぇ、お兄さん。まさかこんなに魔力が強いとは思ってなかったよぅ?」


「まともに相手するな! あいつは! ディアナは賢者だ!!」


「~~……ッ!」


 アドラの言葉を理解して、さっと血の気が引いていく彼をディアナはそれはそれは楽しそうに眺めていた。

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