第12話


「どぉぉいうことだァァアア!!」


「痛タタタタタタタッ!? 痛ッ! 痛い、ッ! ちょ、ぎぶぎぶぎぶっ!!」


「おー」


 洞窟内部に木霊する怒声と悲鳴。ゆらゆら揺れる炎に照らされて一組の男女が身体を密着させ絡み合う。しかし、そこに男女の情などありはせず、背後から男の左足に女の左足がからめるようにフックし、右腕の下を経由して女の左腕が相手の首の後ろに巻きつき、背筋を伸ばすように伸び上がる。つまりコブラツイストである。


「おまッ! 人が……、頭まで下げて、下げて! 知、ら、な、い……だァァア!?」


「ぎゃぁぁあぁぁあぁああぁぁぁあ!!」


「きょうみぶかい」


 悲鳴を上げ続ける父の心配よりも、技のほうに興味津々なモニカは、瞳をキラキラと輝かせながら一方的な虐殺を観察し続けていた。


「…………ッ、…………ッッ」


「いたい? いたい?」


 拷問から解放され、倒れ込むクリスティアン。モニカが小さな指でつっつけば痙攣で反応しているため生きてはいるようであった。


「そ……、そもそも……、わた、しはほうほ、うを知っている、とは言ったおぼえ、は……」


「あ?」


「なんでも、ないで、……す」


 アドラは火の傍に座り込み、ぐつぐつと煮込まれているスープへ持ってきた食材を追加で投げ込んでいく。


「おー……、おにく?」


「乾燥肉だからそれほど旨くねえけどな」


「すばらしい」


 すんすん、と好物の匂いを嗅ぎつけたモニカはクリスティアンへの興味をすっかり失くし、食材を投げ込んでいくアドラへ近づいていく。


「……」


「なに?」


「……別に」


 警戒心を一切持たずに近づいてくる少女。いくら本当の意味で自分の役割を知らないとはいえ、ヒト族に魔族がこうも無防備に近づくのもどうなのだろうか。アドラにとっても戦いの途中でもなくここまで近づかれた経験はほぼゼロに等しいため、どのような反応すれば良いか分からず困ってしまっていた。


「その子は、……痛てて、ほとんど隔離されて育てられたからね……、ヒト族に対する実体験での負の感情がないんだ」


 よろよろと復活したクリスティアンが、娘を抱き上げ、鍋をはさんだ向こう側へと座り込む。最初は肉に近づきたく腕の中で暴れていたモニカだが、しばらくすると諦めたのかクリスティアンの膝の上で大人しくなる。


「そういうものか」


「怖い、危ないと文字や言葉で言われただけじゃそこまで分からないんだろうね」


 彼女は、近くにあったお玉でゆっくり鍋を掻き混ぜる。さきほど入れた肉のかけらが浮いては沈みを繰り返す。鍋の、というよりお肉の完成を待って足をパタパタさせるモニカの髪をクリスティアンが優しく撫でる。


「さっきの」


「ぁん?」


「息子さんのこと、……詳しく聞いても良いのかな」


「……」


「……犯罪者の役割でも与えられてしまったのかな」


「犯罪者、ね」


 ハッ、と彼の言葉を鼻で笑う。だが、笑う彼女の表情は固く、暗く。笑われたことを怒りも注意も言えるようなものではなかった。


「それよりはマシなんだろうけどな」


 肉が柔らかく蕩けたのを確認し、彼女はスープをお椀へと注ぎ、腰を浮かせてクリスティアンの膝の上の少女へ渡す。


「いただきまッ」


「ああ、もう……、ちゃんと野菜も食べなさい」


 ぐまぐまと勢いよくお肉ばかりを食べ続ける娘に彼は苦笑まじりに注意する。


「おいしい」


「そうかい、そいつは良かったよ。それで?」


「うん?」


 そんな彼女の様子にほんの少しだけアドラが口角が上がるが、すぐに元に戻る。


「じゃあどうしてあんたはこんな旅をしているんだい」


「あー……、まあ元の場所に居ても何も出来ないからね。少しでも可能性に賭けようと思ってね」


「可能性?」


「うん。ひとつは女神が実際に降臨されたことがあるという伝説の残る場所を訪ねようかな、と」


「直談判でもする気か? んで? ひとつってことはまだあるのか」


「うん、魔王と同じ。特殊な役割を持った人と会ってみようと思ったんだ。色々居るみたいだけど、一番はやっぱり……勇者かな」


 お玉を持つ手に嫌でも力が入る。


「……殺す気か」


「……どうだろう。いや、うん……、そういうのじゃ、ないかな。でもまあ、そうだね。どうしたいのかな……、話、でもしてみたい……かな」


「適当だな」


「抜け出すことで、精いっぱいだったから……、お恥ずかしい」


「ほらよ」


「あ、ああ、どうも」


 不愛想に差し出されたお椀を受け取って、湯気の立ち込めるスープを口につける。


「温かい……」


 持ってきた薬草を一枚噛み潰してから、アドラも持参した自分の器にスープを注いで飲んでいく。


「毒なんか入っていないよ」


「普通はこっちが入れた肉に警戒するべきだと思うがな」


「そうだね……、どうしてだろうね。……、少しでも私の話を聞いてくれたことが嬉しかったのかな」


「……頭おかしいと思っちゃいるがな」


「でももう一度話に来てくれたわけだし」


「アテが外れたがな」


「それは……、申し訳ない」


「おかわりーッ!」


 ははは、と苦笑するクリスティアンの膝の上で元気よくモニカが空になったお椀をアドラへと差し出した。

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