第11話
洞窟の入り口には簡易な罠が仕掛けられてあった。五月蠅く鳴り出す鳴子の罠を誤って踏まないように注意しながら、極力音を殺して洞窟の中へと侵入していく。
奥から漏れ出る灯りのほうへと足を進ませれば、疲れている様子の男性の声と対照的に元気な少女の声が聞こえてきた。
「パパ、パパ。おなかすいた」
「そうだねぇ……、もうちょっと待っててね、もう少しでスープが出来るから」
「むぅ」
「そんな顔しても駄目だよ、しっかり野菜も食べないと」
「むずかしい相談」
「だーめ」
彼らに気付かれないように静かに近づいた彼女は、岩陰から少しだけ顔を出す。そこには、探していた二人の姿があった。
クリスティアンの顔には明らかな疲れが見えているが、それでも死ぬ寸前だったこの間と比べれば顔色も良くなっている。本日の献立に不服があるのか、娘のモニカにぽかぽかと抗議され続けている。
場所が場所であることを除けば、ただの仲睦まじい親子の姿。そのことを確認したその上で、やはりアドラは彼らを殺すことに何の違和感も感じることが出来なかった。
彼女はヒト族であり、彼らは魔族。殺し合うことが義務付けられ、それを歴史が証明している。まだ家畜を殺さないといけないときのほうが罪悪感を感じるほどであった。
だからこそ、
「ちょっと良いかい」
彼女は、彼らに声を掛けた。
※※※
「チャノ ナンジャンゴ ムゥエ」
クリスティアンの反応は早かった。アドラが声を掛けた途端、その相手を確認するより先に呪文を完成させる。すると、モニカの足元の土が盛り上がり防壁となって彼女を守り隠す。
それと同時に、立ち上がりながら傍に置いていた長い杖を手に取って、いきなり現れた声の主と自身、防壁が一直線に並ばず、それでいて一歩で防壁まで駆け寄れる位置取りを取る。
「ん?」
「そこにじっとしていなさい! すぐに終わるからね!」
状況について行けていない娘へ声を掛け、武器を構え……ようとして、相手が誰なのかを把握する。
「……君、は」
「よぉ、また会ったな」
彼女は、可能な限り敵意がなく見えるように、武器を持たず両手を挙げていた。予想外だったのだろう、一瞬だけ呆けてしまったクリスティアンだが、すぐに気を引き締め、周囲全体へと意識を飛ばす。
「殺しに、来たのかい……」
「……そうじゃない」
四日前の彼女の強さを思い出し、彼の頬を汗が伝う。まだ体力が万全ではない身体で娘を庇いながら彼女から逃げきることが出来るか。ほかに仲間が居るのか。少しでも対応を間違えれば、娘の命はここで終わってしまう。
だが、緊張していたのはアドラも同様であった。
目の前の男から感じ取れる魔力の強大さは、弱っているにも関わらずいままで彼女が戦ってきた相手のなかでもトップクラスであり、少なくとも彼より強い魔力を持つ者を彼女は一人しか知らない。彼がその魔力を以てなりふり構わず攻撃魔法を放てばいくら彼女でも生き残れるかは賭けであった。
「話が……、話がしたい」
だからこそ、彼女は正直に思いを乗せて言葉を渡す。
常識で考えれば、愚かとしか言われない手を彼女は取った。
「……悪いけど、はいそうですかと信じられるほどお人好しではないんだ。だいたい次会ったら殺すと言っていたのは君じゃないか」
ゆっくりと大剣を背負うために身に着けていたベルトの留め具へと手を伸ばす。身構える彼の目をまっすぐ見つけながら、彼女は留め具を外した。
重い音が洞窟内に響く。
「娘を、助けたいと言ったな」
「……」
「この世界は役割が全てだ。それは魔族だって同じはず。それでも、娘を助けたいと言ったな」
「……ああ、言ったよ」
「なら、あんたは。……、あんたは、役割を放棄する方法を知っているのか」
「……それは」
「頼む……、教えてくれッ!!」
彼女の行動に、クリスティアンは驚愕する。
アドラは、彼に向って頭を下げていた。
「あたしは……ッ! 息子と一緒に居たいんだッ!!」
ああ、そうか……。
自分が彼を見逃したのは、彼の言葉が頭に残るのは、危険を冒してまで彼らを探しに来てしまったのは。
自分の言葉を聞いて、ようやく彼女は自分の心を理解した。
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