第10話


 走る。

 村を出てからほとんど休息らしき休息も入れずに走り続ける。大した速さではない、いま必要なのは一時の速さよりも長く走り続けること。


(なにしてんだ、あたしは……)


 あの男と出会ってから、自分で自分の行動を制御できなくなっているのを感じていた。それがどうしてなのかは分からなかったが。



※※※



『なんでもぉ? この辺で魔族の少女を見たって話が盛り上がっているんだよねぇ』


『へぇ……、そいつは面白いね』


『でしょぉ? 少女を見かけたって証言は少しずつだけど北上しててねぇ、で、その線上に近いところにこの村があったってわけなのよぉ』


『悪いが、なにも知らないね』


『えぇぇ……、そこは知っていようよぉ、ケチぃ』


『意味がわからん』


『まあ、良いや~……、そんなわけで探さないといけなくてさ、もし何か分かったら教えてよぉ』


『気が向いたらな』



※※※



 彼らに出会ったのは四日前。魔法薬で傷は治したとはいえ脇腹に風穴が空く大怪我、それに子どもも連れている。くわえて、人目を避けて動かなくてはならない状況も考えればそれほど遠くへは行けていないはず。

 出会った場所のそばの川に沿って北上を続けていく。皮肉にも、人目を避けながらの行動はお手の物。そういった相手がどんな道を通るかは嫌でも分かる。


(……見つけた)


 数時間走り続けた彼女は、とある河原で目的のモノを見つける。

 そこは一見するとなんでもない河原、誰かが隠れるような場所もなければ、野営を行ったような跡もない。だが、彼女の河原の石を拾い上げ、確証を得る。


「道は合っている、か」


 もう興味はないと放り捨てた石。

 追手から逃げる術を中途半端に知っている者がやってしまうミスがそこにはあった。野営を行ったことをバレないようにするために、土魔法等を用いて隠蔽をすることはよくあるのだが、その際に、周囲の地形に合った石や砂を作らないというミスが稀に見られることがある。

 河原ということもあり、この辺の石には少なからず苔が生えていたりするのだが、彼女が拾った石の周辺はまるで採掘場から取ってきましたと言わんばかりに綺麗すぎる石ばかりであった。


 彼女の視線の先には巨大な山々が鎮座する。ここから先、川を昇り続ければ目の前の山の中へと入ることになる。あと二時間もしない内に陽も暮れる。普段であれば、用心をしてこの辺で夜が明けるのを待つのだが、彼女は足を踏み出した。



※※※



「キィヤァァアアア!!」


 ドグシャッ!!

 大樹の陰から飛び出してきた巨大な鷲を大剣の一振りで血肉の塊へと変貌させる。

 アドラの人生の半分以上を共にしている愛剣は、出会ったときにはすでに斬るという仕事を半ば放棄しているなまくらであった。だが、その重量と頑丈さ、なによりアドラの怪力から繰り出される一撃は、重装歩兵の鎧すら簡単に破壊するほどの威力を誇る。

 斬るのではなく、砕き、吹き飛ばし、破壊する。それが彼女の戦闘方法スタイルであった。


 突風が生じるほどの速さで大剣を振り、付着した血油を飛ばした後、背中に背負いなおす。

 普段は人が入らないこの山には、多くの獰猛な獣が住み着いており、脆弱な人間が入ってきたと知った彼らは、新鮮な獲物を求めて襲い掛かり自らが肉へと成り果てていた。


「…………」


 その場でしゃがみ、地面を注意深く見る。灯りは月明かりのみ。だが、夜に慣れた彼女にとってはそれだけで十分なほどである。それに、魔族には夜目が利く者も居る。彼らがそうかは分からないが、魔法の使い手であれば夜目が利くようになる魔法もあるかもしれない。どちらにせよ、こんな山の中で火を灯す行為をする気はなかった。

 しばらくして、鷲が襲い掛かってくる前まで追っていた二組の足跡を再発見した彼女は、静かにその足跡を追いかけていく。山に入ってしばらくしたあと見つけたこの足跡は、出来てまだそれほど時間が経過していない。上手く行けば、今夜には追い付ける可能性が高い。

 焦る気持ちを抑えて、彼女は静かに山の中を進んで行く。そして、


「見つけた」


 小さく呟いた彼女の視線の先には、灯りが洩れ出る洞窟があった。

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