第9話
「それじゃねぇ~」
「あれ? ディアナさんもう帰っちゃうの?」
レオが大きな桶に水を汲んで家に戻ってきたちょうどその時、さきほど彼が案内したディアナが家から出てくるところであった。
「うん、君のママとはもうお話済んだからねぇ」
「えー、王都のこと色々聞こうと思ってたのにー」
ぷくっと頬を膨らませて抗議する姿は年相応の男の子であり、しっかりしているとはいえ、まだまだ9歳の少年であった。
そんな彼をあやすようにディアナは彼の髪の毛を優しく撫でる。
「ごめんねぇ、これでもちょろっと忙しくてさぁ……。ああ、でも君が望むならこのまま男女のっとっとぉい」
ザスッ、ザスザスッ!
ダンスのスキップを踏むように飛べば、ナイフが次々地面に突き刺さっていく。
「おい?」
「あ、ママ! ただいまー」
「おかえりなさい、レオ。駄目よ? ディアナはお仕事で忙しいんだから。ねえ?」
「はいはーい、帰りますよぉ~っと」
「そっかー、じゃあまた今度遊んでねッ!」
「なはは、そうだね。暇だったら良いよぉ」
一生懸命腕を振っているレオの後ろで、原形を留めていないほど恐ろしい形相になっている何かが居るのを一切気にもせず、彼女はだるそうな足取りで村の入り口のほうへと歩いていくのであった。
※※※
「レオ。ちょっと良いかしら」
「なにー?」
狸の毛づくろいをしていた彼は、母親の呼びかけに素直に応じててこてこと近づいていく。まだ毛づくろいされ足りない狸は不満ではあるが、この家で生きるにあたって誰がボスであるかをしっかり認識しているので、その不満を態度に出すなんて馬鹿な真似はしない。
近づいてくる息子をそっと抱き上げ、同じ目線まで持ち上げてからアドラは口を開く。
「あのね、ママはちょっと急なお仕事で出かけないといけなくなっちゃったの。多分、三日もしない内に帰ってくるとは思うけど、それまで良い子で留守番出来るかしら」
「うん! 大丈夫だよ! みんなが居るから夜寝るのだってへっちゃらだもん!」
「そうね、レオは強い子だもんね。ごはんは隣のバジャルドさん家にいつもみたいに頼んでおくから時間になったら食べに行くんだよ? あと、なにかあったら、」
「なにかあったら村長さんのとこで、薬箱はあの棚のなか。みんなのごはんのいつもの場所でもしもなくなったら納屋でしょ? もう何回もお留守番してるし大丈夫だよ!」
「ん~~~、レオは良い子だねぇ……、あー、行きたくなぁい……」
「うやぁぁ」
幼子特有のぷるんぷるんのほっぺたに頬擦りすれば、くすぐったそうに腕の中で暴れまわる。
「よっし! それじゃあ、バジャルドさんのところに行ってから、お仕事行ってくるね!」
「気を付けていってらっしゃい!」
「……」
「ママ?」
「やっぱり行きたくなぃぃ」
「うやぁぁぁ」
「バジャルド! あたしだよ、居るかい!」
ノックもせずに、隣の家の扉を開けて大きな声で叫ぶ。ウェストポーチやレッグポーチを身に着けて分厚いブーツまで穿いている彼女であるが、一番目を引くのはやはり背中に背負っている巨大な大剣であろう。彼女の身の丈は優に在りそうな大剣を彼女はまったく無理なく背負っている。
「へーい! なんすか、おかしら!」
慌てて奥から顔を出したのは、鼠顔の幸薄そうな男性。動きまで鼠のようにこそこそ近づいてきた彼を、アドラは思いっきりぶん殴った。
「あんぎゃぁ!?」
「アドラさんと呼べといつも言ってんだろ、ぶん殴るよ!」
「も、もぉ、殴ってやす、けど……」
「あ?」
「なんでもありません!」
アドラとこの男は、というより、レオを除いたこの村全ての住人は、山賊の役割を持って生まれた者たちである。
いくら山賊としての役割を持って生まれたとしても、常日頃から略奪行為だけをしてい生きているわけではない。そんなことをすればあっという間に王国の兵士に目を付けられて捕らえられ殺されるのがオチだ。
そのため、この世界の山賊の多くは小さな村を作り、一見すれば普通の村人のような生活を送り、時折、近くを通った商人などを襲うこともある。といった生活を送っている。豊作の年が続けば数年単位で犯罪行為を行わない山賊だって存在すらしている。
王国はこれらの村をどうしているかと言えば、放置の一言だ。正式な村ではないため、彼らから税を取ることはほとんどない。では何がうま味があるのかと言えば、山賊たちがまともな場所に住めるわけがないので、彼らが村とするのはそのままでは暮らしに適していないが開墾すれば住めないわけではない場所に村をつくる。ある程度放置して土地を開かせ、整ったときに討伐の名目でその土地を奪う。犯罪者ではない役割を持つものを住まわせることもあれば、そのまま山賊たちに住まわせる代わりに税を納めさせる約束を取り交わす、なんてこともある。
では、そもそも山賊としてではなく農民や職人になって村人として生きれば良いと思うのだが、与えられた役割がそれを許さない。年単位で犯罪行為をあえて行わない程度であれば良いが、まったくしないと考えようものならその考えを心が拒絶してしまうのだ。
勿論、略奪行為に命を懸け、日々王国と殺し合いをしている悪の権化のような山賊も皆無ではないのだが、おおむね上記のような生活をしている者たちが多い。当然、その村のなかから山賊以外の役割を持つ者も当たり前のように生まれてくるので、そういった場合はある程度一人で生きているようになった時に村を出て行き、二度と戻らないのが普通であった。
幸い、アドラ率いるこの村はまだ王国に目を付けられてはいないのだが、それは全てレオが居るおかげであり、実際王国に所属している賢者ディアナに場所を知られている以上、いつ討伐されてもおかしくない状況でもあった。
「というわけで、ちょいと出かけるからいつものようにレオの飯を頼むよ」
「そいつは構いませんが、随分また仰々しい恰好っすね」
「驚いた」
「はい?」
「仰々しいなんて言葉知ってたのかい」
「だからおいらはこれでも生まれは良いとこの坊ちゃんだって言っているじゃないっすか!」
「冗談だよ。悪いが頼むよ」
「へい! お任せくだせぇ、おかしりゃぁ!?」
「アドラさんだ、ボケ」
床に沈んでいたため最後の彼女の言葉を聞いていたかどうかは定かではないが、彼の傍に銀貨の入った小袋を置き、村長ということになっている男に連絡したあと、彼女は村を出て行った。
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