断片十三 市丸
口元から笑みが消えてからそれほど時間は経っていなかったが、オヤジは半日ぐらいの時間が経ったよう感じていた。
眼の前に並べられた言卵の意味がつながらない。読み取れなかったのである。
言卵を取り出した自分の手順を思いなおしてみるのだが、手順にまちがいはなかった。言卵の見逃しもなかった。
「シゲが間違えたか」
と口に出してしまうがすぐにそう言ってしまったことを後悔する。
オヤジは決して他の者のせいにはしない。なにかあったとしてもそれがオヤジにかかわることであればそれはオヤジの失敗なのだ。
シゲが間違えず、そして自分も間違いをしていなかったと考えると、残る可能性はひとつあった。管鰻がすでに産卵をし始めてしまっていたという可能性である。
なにしろ今日の忙しさである。オヤジも疲れ切っていたが、それであれば門生も同じように疲れ切っていたにちがいない。僅かな時間だったかもしれないが、産卵場にたどり着いていた管鰻の発見を見過ごしてしまっていたとしてもおかしくはない。
しかしそれは見過ごしてしまった門生のせいではない。こんな忙しさにしてしまったオヤジの責任である。
そもそもこの忙しさは髪巻の落花が原因だった。落花で管鰻の需要が高まったのである。一昨日から管鰻使いの依頼が殺到し、久しぶりの大量の仕事の依頼に後先考えずにすべてを引き受けてしまったのが今日の忙しさの理由だった。しかし、いまさらそのことを後悔してもしかたがない。
今はシゲからの言卵をどうにかしなければならない。
言卵の意味は言卵の色の組み合わせから解読をすると世間では思われている。しかし、言卵はわずか七色の組み合わせで意味を組み立てる方法であり、単純に言葉を置き換えたものではない。発信する側の癖というのも入り込む余地が十分にあるため、そこから意味を読み取ることができるのは熟練した管鰻使いだけであった。そしてオヤジは言卵だけではなくそれ以外の情報からも意味をもとめ組み合わせて解読していく。
「シゲは、誰の依頼で出かけていった」
――タツゾウだ。
「タツゾウはどこへ向かっていった」
――髪巻だ。
「タツゾウは髪巻になにをしに……」
――落花だ。
「落花で何をする」
「落花があったことでタツゾウはなにをしに行く」
「タツゾウは誰と行った」
――チョウジとシゲ、他に誰かいた。
「……」
この筋道は行き止まりのようだった。
オヤジは筋道を変える。
「タツゾウはいつ市丸を出発した」
――二日前だ。
「髪巻にはまだたどり着いていない、たどり着いていないのであればなぜ管鰻を使う」
――予定外のことがおきた。
「あのタツゾウが予定外?」
――シゲ?いや、シゲに予定外のことが起こったのであれば管鰻は届かない。
――管鰻使いは自分のために言卵は使わない、依頼主の指示がなければ管鰻を放たない。
――つまりタツゾウはまだ生きている
「管鰻で伝えなければならないなにかが起こった」
「チョウジにか」
――いやチョウジと他の誰かになにか起こったとしても、それが命にかかわることならば街に連絡してきても助ける術はないはずだ。
「でも、命にかかわらないことでなぜ管鰻を使う?」
「タツゾウとチョウジになにかが起こったとは考えにくい。むしろ、わからない誰かだ」
「誰かは誰だ」
「巻髪の落花でなぜタツゾウが動く」
「誰もいない巻髪で何をする」
「誰もいない巻髪で何をする」
「巻髪になにがある」
「なにもなくなってしまった巻髪になにがある」
――いやある。胎樹だ。取り込まれた者だ。
「タツゾウはそこで何をする」
「取り込まれてしまった者」
「拵え?」
――そういえばあの誰かは。
「オリツ」
かろうじて読み取れた言卵の断片が結びつき始める。
オヤジの口元に再び笑みが浮かび始める。
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