断片七 川辺
幸いなことにチョウジの予測ははずれ、しばらくして青空が見え始めた。
シゲの後をついて川辺まで降り、胎樹とその樹洞を確認した後、オリツは一休みさせとくれと言い樹洞の中へ、タツゾウは火をおこすと言って叢林へと入っていった。
一行の食事の支度はチョウジの役割である。チョウジはシゲをつかまえて、夕飯の魚を釣ろうと一緒に釣り竿を組み立てて川に糸をたらしはじめた。
水面をぷかりぷかりと浮き沈みしている浮きをみつめながら、管鰻ってのは食えるのかなとチョウジは思った。
「おい、シゲ、管鰻ってのは食えるのか。お前食ったことあるか」
思ったことは口に出さなければすっきりしないチョウジは、少し離れたところで同じように釣り糸を垂らしているシゲに聞いてみる。
「……」
離れているので聞き取れなかったというわけではない。言っている意味がわからないというような表情のシゲを見て、チョウジはすまねえという気持ちになった。
管鰻使いにとっては大事な商売道具である、食べるわけがない。
「すまねえ、変なことを聞いちま……」
「いえ、僕は食べたことがありません、でも師匠が言うにはとても美味しいそうです」
チョウジが言い終わらない前にシゲが答えた。
「え、そうなのか」
とチョウジが驚く。
「食べるために育てているわけではありませんので、めったに食べることはないのです が、戌月の産卵の時期に、産卵し終わった管鰻のなかで来年は産卵できそうもない管鰻を食べるんです」
「その時お前は食べなかったのか」
「食べたかったんですが、ちょうど管鰻の仕事が入っていて街にはいなかったんです」
「そうか、そりゃ残念だったな」
「でも、今年は仕事が入っていなければ食べることができそうです」
うれしそうにそういうシゲの顔を見たとたん、チョウジは羨ましくなって腹が立ってきた。
とはいえども、八つ当たりするのは浅ましい。
「それにしてもあのオヤジ、門生には師匠って呼ばせているのか」
と八つ当たりの矛先を管鰻屋のオヤジに向ける。
「師匠は師匠ですよ」
「まあそうだな、しかし産卵後の管鰻がそんなにうまいんならば、産卵前のものは油がのりきっていてとんでもなくうまいんだろうなあ。いいなあ、一辺くらい味わってみたいもんだ」
「いえ、産卵前の管鰻は油が多すぎてとてもじゃないけれども食えたものじゃないそうです」
「オヤジは何でも自分で確かめないと我慢できない奴なんだなあ」
「師匠は師匠の師匠から聞いたそうですよ。その師匠もその前の師匠からと、産卵前の管鰻はうまくないとずっと伝わってきているそうです。でも師匠は自分で食べてみたって言ってましたから、チョウジさんの言う通りなんでしょう」
浮きが沈んだ。
魚が食いついたようだ。
合わせをして引き上げようとしたが、あせって逃げられてしまった。
餌をつけなおしてもう一度竿を投げる。
ふとチョウジは前から気になっていたことをシゲに聞いてみた。
「シゲの知筋は孕みが多く生まれるのか」
シゲはさっきと同じく何を言っているのかわからないという表情をした。
「あ、いや、タツゾウは護しか生まれない知筋なんだ。で、学びの時期もほとんど、護としてどう生きるかってことしか学んでこなかったらしい。そうやって育っちまったんでタツゾウはあんないかにも護ですって性格になっちまったんだ。そんなふうにタツゾウが俺に話してくれたことがあったんで、シゲも孕みがよく使う口調だから、ひょっとして孕みの知筋だったんだろうなって思っただけなんだ」
「タツゾウさんはそうだったんですか」
「……僕の知筋も孕みが多くてその中で育ちました。やっぱりこの喋り方、変ですよね」
しばらくしてシゲが答える。
「あ……そうじゃなくって、お前も商売をしているわけだからそういう言葉遣いだと苦労することが多いんじゃないかって思ってな」
とあわててチョウジは言う。
「そうだ、いっちょ俺が客に舐められないように護としてどうすればいいか教えてやろうか」
とチョウジは自信満々の笑みを浮かべる。
「ほう、俺にもご指導願えないものかな」
いつのまにかチョウジの背後にタツゾウが立っていた。
魚がかかったわけではないのにぴくんとチョウジの釣り竿が跳ね上がる。
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