断片三 胎樹
タツゾウがシゲに孕み屋を呼べと指示した瞬間、チョウジの頭の中では金勘定が始まった。タツゾウの命令を除けば金でしか動かないチョウジである。
管鰻を一匹使ってしまうのは仕方がない。管鰻一匹の値段などたかが知れている。問題は管鰻屋のオヤジに支払う手数料だ。いつもは明朗会計などと善良ぶったことを言っているが実際は言卵の内容に応じて手数料を変えている。ようするに時価だ。いやその時の気分だ、あの鈍物め。
孕み屋に関わる内容となるとあのオヤジのことだからこっちの足元を見てくるに決まっている。もちろんそれだけじゃない、孕み屋に支払う金も並ではない。頭の中で儲けの金額はどんどんと目減りしていった。
と、そこまで計算したところで腹が立ってきたチョウジは思わず「だから拵えなんか連れて行くなと言ったんだ」と言ってしまう。
しかし、すぐに頭にくるチョウジだが熱しやすく冷めやすい。一度口に出してしまうと怒りもどこかに飛んでしまう。
「今回の仕事にはオリツが必要だって言っただろう」
「そうだった、すまねえ、しかし……わからねえのはなんで拵えちまったかってことだ。出かける前に念を押したじゃねえか、オリツによ」
とタツゾウに言い返す。
タツゾウとは長い付き合いである。タツゾウと組んで頼み屋を営んでいるが、仕事の受けはおもにチョウジが取りまとめていた。今ではタツゾウも金にうるさくなってはきているが、それでも元来の性格か、しょっちゅう儲けにならない仕事を引き受けてくる。だからいつのまにか仕事の依頼はチョウジが決めることになっていたわけだが、今回の仕事はタツゾウが受けてきたものだった。
数日前、チョウジたちの住む街、市丸から見て川の下流にある
胎樹の落花が起こった場合、生き延びたければ可能な限りすばやくその場から離れるしかない。それしか生き延びる方法はない。
しかし落花は未明に起こるのでたいていの者は寝ている。だから逃げ切れる者はほとんどいない。管鰻を使うことができただけサンジは大したものだと思いたいが、落花の原因を作ったのはサンジの強欲さが招いたものだろう。サンジからの言卵を読み取った管鰻屋のオヤジは街の者に聞かれるたびにそう答えていた。
巻髪は小さな宿だったし、宿主のサンジ自身はその強欲さゆえに嫌われ者であった。すでに落花も収まったはずで、巻髪が消滅してしまったとしてもだれも困るものはいない。
ほっとけばいいのである。落花に取り込まれてしまった者たちにとっては災難だったのだが、そうとしかいいようがない。次の生涯は胎樹として送ればいいだけだ。そんなふうに街の者も考えてている。
というわけで金のうるささにかけてはサンジの右には出られないが左斜め後ろくらいの位置にいるチョウジもこの事件のことは忘れてしまっていたのだが、タツゾウが巻髪に関わる仕事を受けてきたのだった。
チョウジが断ろうにもタツゾウは既にそういう契約を結んでいたし、契約を結んでしまっているからには、途中でそれを反古することは頼み屋としての信頼にかかわることだからできやしない。
タツゾウには珍しく依頼金は前払いで、仕事の内容もその金額で問題ない内容だったことからチョウジは文句をいうわけでもなく仕事の準備に入った。
何も問題は起こらないはずだった。
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