断片四 落花
「あたしとしたことが、しくじっちまったよ」
下腹部の急激な痛みの正体に気がついたオリツはそうつぶやいてしまった。
それは、朝から具合の悪かったオリツの容態を見かねたタツゾウが、荷物を半分よこせとオリツの荷物に手をかけようとしたときのことだった。
つぶやいてしまった瞬間、聞こえてしまったとオリツは思った。
察しのいいタツゾウのことだから今朝からのオリツの具合と、さっきのつぶやきでオリツが拵えてしまったことに気がついたはずだ。
タツゾウはオリツの前に回り込み、膨らんだオリツの下腹部を見て「孕み屋を呼べ」とシゲに言った。
朝からの不調の原因がわかったことと、幸か不幸か先に気づかれてしまったため言いづらいことを言う必要がなくなったことで安心してしまったのか、オリツは腰が抜けてその場にへたりこんでしまった。
タツゾウがオリツのところに今回の仕事の話を持ち込んだのは、巻髪で胎樹の落花が起こったという言卵が届いて半日ほど経ってのことだった。
「よう、オリツ、暇かい」
「なんだいタツゾウ、それは嫌味かい」
「そう、かっかするな、うまい話を持ってきたんだ」
落花の一報から半日経ってもサンジからの二報目は来ない。
ということはサンジも胎樹に取り込まれてしまったということだ。タツゾウはオリツにそう言った。
そこからが仕事である。
金に卑しいサンジなのだが、金以上に大切なものがある。それは自分だ。
金は大切だがかといって自分の命をなげうってまでは欲しくはない。生きているからこそ金の価値はある。まあ、誰だってそう思っているだろうけれども、相手はあのサンジである。
普段の生活での、そこまで執着するかというくらいの金への執着心を見たことがある者であれば、自分の命が金よりも大事だなんて思っていたとは信じがたいのだが、実際はそうだった。
「だからサンジは俺に頼んでいたのさ」
「なにをさ」
「自分が助かりそうもなかったときには何があっても言卵を放つ。そして二報目が届かなかったときにはすぐにわしのところへ来い。とサンジは俺に依頼をしていたんだ。そういう契約を結んでいたのさ、俺とサンジは」
「でもそうなったときには手遅れじゃ……」
と言いかけたところでオリツは理解した。
オリツの表情の変化を見てタツゾウはニヤリと笑う。
「サンジが一番心配していたのは落花だ。胎樹がサンジの主要な資金源だったからな」
「拵えるのね」
「そうさ」
とタツゾウが答える。
「落花ならば拵えることができる。サンジはそう考えていたんだよ、無論、拵えただけじゃどうしようもないが、拵えさえうまくいけばあとはなんとかなる」
しかし、護であるタツゾウはあまり詳しくはなかったようだが、落花して取り込まれてしまった者を拵えであれば拵えることができるということは昔から知られていた。とはいっても公然と話題にするようなことでもないし、落花で取り込まれてしまった者を好き好んで拵える拵えがいるわけでもない。落花してしまったのであれば次の生涯は胎樹として送るほうがいいと考えている者のほうが多いのだ。命はめぐりまわるものであり、死んだからそこで終わってしまうものではない。そんなふうに考えられていた。
というわけで落花で取り込まれてしまった者を拵える拵えはめったにいないが、オリツのように金で動く拵えもいる。
懐具合の悪かったオリツは二つ返事で今回の仕事に加わることにした。
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