第6話 潜むもの
「いよいよだ。この山の中腹、そこの洞窟の奥が奴らの居城だ。
皆、覚悟はいいな!
これは世界を守るための戦いだ!
我らが負けることは許されない。・・・行くぞ!」
最後の休憩地としていた山の麓から隊列を組んでの移動が始まる。その最後尾、他の魔法使い達に交じりながら山道を進んでいる。
出来ることなら魔法を使って軍隊を丸ごと目的地のすぐそばまで運びたいがそんなことをすれば正体がバレて、また殺されそうになるだろう。
そうなっては世界の敵と戦うどころではない。
「やあ。ここに居たんだね。昨日の魔女さん」
後ろから声を掛けられ、ぎこちない動きで振り向くと天使がいた。
人違いです、と言いたかったが天使の双眸はしっかりとアタシを見ているのでそれはできそうにない。
幸か不幸か。天使が急にそばに現れたので、周りにいた魔法使いと殿兼護衛の戦士は距離を取って、こちらの様子を遠巻きに伺っている。
素早く自分と天使を囲むように防音の結界を張り、話を聞かれないようにする。これで自分に掛けている幻惑魔法を解かない限り正体がバレることはないはずだ。
「しつこいのよ、クソ天使」
「どうしてもあなたのことが知りたくて。放浪の魔女、と呼ばれる貴方のことが」
「知ってるじゃない。その通り、アタシは放浪の魔女。世界の敵を殺すために旅をしているわ。はい、これで話は終わり」
一方的に話を切り上げて離れようとしても天使はまだついてくる。
「待ってください。もう少しだけ話を。それか名前、教えてくれませんか?」
「なんで名前を知りたがるのよ」
「話すとき相手の名前を知らないと話辛いじゃないですか。それに放浪の魔女って言いづらいんですよね。ですので名前を」
「それじゃ、アタシの名前を教える理由にはならないわね。それじゃ、天使サマ」
「あ、それと僕はラムフィリルっていう名前があるんでそっちで呼んでください。天使って呼ばれるの、あんまり好きじゃなくて」
しつこい。こっちがこれだけ離れようとしているのに付きまとってくる。まどろっこしい。名前は教えるつもりはないがいつまでも付きまとわれるのも勘弁だ。
「こんな人間にいったいなんの用ですか、ラムフィリル様。名前を教えるのは嫌ですが用件くらいなら聞きますよ」
嫌味を込めて言ったがラムフィリルは顔一つ変えずに爽やかな笑顔を浮かべながら答えた。
「それじゃ、目的地も近いので端的に。放浪の魔女、貴方はなぜあなたを殺そうとした人間の側についているのですか?」
あまりにもラムフィリルの顔が真剣だったのと、これ以上付きまとわれないために誤魔化さずに答えた。
「そんなくだらないことか。アタシを殺そうとするのは無理もないこと。何度もあった世界の敵との戦いで、アタシが毎回生き残っているのは本当だもの。不吉だなんだと言われてるのも、殺されそうなことも知っていたわ。それでもアタシ一人で世界の敵を殺すことはできない。だから危険でも討伐軍に参加しているの。さ、これで満足でしょ?」
これで満足でしょ、とラムフィリルを見ると彼は沈痛な面持ちで口を開いた。
「やはり、魂に悪いものが食い込んでいます。不老不死の呪いですか・・・」
それっきりラムフィリルは黙り込む。
こいつがどうして沈痛な表情をしたかはわかっている。
それはそれと急に黙られると居心地が悪い。それにアタシにだけ話をさせるのは不公平だ。
「あんたはどうして人間と協力して戦うことにしたの?」
他にも聞きたいことはあった。しかし、今一番気になるのは、この天使が人間に協力するその理由だ。
「昔、百年くらい前に、僕は戦場で死にかけました。その戦いは酷い有様で天使の軍勢もかなりの損害を出しました。我々にはすべてを回収、修繕する余裕がなく、虫の息だった僕は戦場に置いて行かれました。
僕の傷は酷くて、修復にはかなりの時間が掛かりますから。
けれど、僕を助けてくれる人がいたんです。
魔法を使うわけでもなく、屈強な戦士でもない。ただの医者でした。その人は戦場を歩き回っては怪我人を治療する変わった人だったのですが……。
天使である僕を見ても他の、人間の怪我人と変わらず治療してくださいました。
彼のおかげで僕は今、戦える。
だから、命を救ってくれた彼の救いたかった人たちを救いたいんです。ネッツとセロンは僕についてくるしかないから巻き込まれただけ、なんですけどね」
これが僕が戦う理由です、そういって話を閉めた。
「ふーん、そう」
嘘は言っていない。本心からそう思って言っていることは確かだろう。しかし、全部を話したわけではなさそうだ。
こいつが天使らしくないことの、きっかけを知れただけでもよしとしよう。
丁度、会話が切れたところで前方の集団が止まった。
「ここから事前の示し合わせた小隊ごとに洞窟内に進行する。各自、進め」
グレルト総司令が号令を出したことでそれに合わせて周囲が動く。
「では、僕はネッツ達を待たせているので」
「待ちなさい。アタシの名前はセラ・ルルームよ。覚えておきなさい、ラムフィリル」
「やっと教えてくれましたね」
「一々、放浪の魔女って呼ばれるのが嫌なだけよ。それとアンタの話への報酬よ」
「そうですか。では、セラ・ルルーム。この戦いの後に縁があれば話しましょう」
ラムフィリルは集団の先頭に向かって歩いて行った。
結界を解いて、ローブの袖から青い液体が入った小瓶を取り出し、一息に煽る。
小瓶の中に入っている液体は数種類の素材を使った特性の魔力増強薬。
これで道中で使っていた魔力を回復できる。
戦いの後でラムフィリルと話す気はないが、この戦いで死ぬつもりはない。
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