第4話 魔女
「そろそろ、か・・・」
腰かけていた街を囲う壁から飛び降りる。地面に落ちる寸前で重力を操作し、落下の衝撃を緩和する。
続けて杖を軽く振るうと、こぶし大の氷の円盤が出来上がる。それを覗き込むとこちらに向かってきている眷属たちの姿がはっきりと見える。
「思ったよりも数が多いわね。・・・ま、大丈夫か。こっちの準備はできてるし」
すでに魔法は詠唱済み。あとは一節唱えるだけで打てる状態だ。
「ん・・・?」
空から何かが迫ってきた。一瞬、眷属の攻撃かと思ったが飛んできた方角は街の方からだ。
それは速度を緩めることなく私から数メートル前方に着地した。おかげで盛大な土煙が上がる。
「けほっ・・・何なの?」
土煙が晴れてまず見えたのは白い翼だ。落下してきたのは酒場にやってきた天使だった。しかし、身に纏っている白かったキトンは土に汚れ、余裕があり爽やかだった表情は疲労の色が濃く浮き出ている。それなのに天使は剣を握りしめ眷属の軍勢と戦おうとしているように見える。
やっぱりアタシの知る天使とは違う。普通の天使ならここは戦わずに撤退を選ぶはずだ。
「ちょっと、そこの羽生えてる人」
声をかけると天使は驚いた表情で振り向く。どうやら声を掛けるまでアタシがいたことにすら気が付かなかったようだ。
いつも人間を下に見たような態度の天使様の驚くさまが可笑しくて小さく笑ってしまった。
それを悟られないように、ふん、と鼻を鳴らし髪を耳にかけながら天使の横を通り過ぎる。
「ま、待つんだ。君一人で立ち向かうのは無理だ」
他人の心配までするなんてやっぱりこの天使はおかしい。
———が、悪い奴ではないような気がする。
きっと人間と共に戦うというあれも本心で言っているのかもしれない。まだ信用することは出来ないけれど。
それはそれとして———。
「はぁ?無理って・・・それはアタシが其処らの魔法使いと一緒だったらの話でしょ」
このアタシを普通の魔法使い扱いは許容できない。あと土煙を上げたせいで洗濯したばかりの服が汚れたことも。
「何を言って・・・」
「アタシをそこらの魔法使いと一緒にするな、って言ってんの。ほら、巻き込まれたくないならそこで眺めてなさい」
にやりと自信満々に笑って見せる。この天使がアタシの魔法を見て驚き恐れ戦くと思うと口角が上がってしまう。
魔法を使わなくても視認できる距離まで眷属の軍勢は近づいている。その押し寄せる様子は黒い波のようだ。
杖を頭上に掲げ、呪文を紡ぐ。絶対的な破壊をもたらすために。
「地上を裁く天の怒りをここに・・・雷鳴よ、轟け‼」
それまでに唱えていた八節の呪文と合わさって、魔法が起動する。血管の中を魔力が駆け巡る。全身が赤熱するように熱くなり、魔力を生み出すために心臓が早鐘のように鳴る。
杖の先端から雷に属性を変質させた魔力を放出する。放たれた魔力は眷属の上空へ向かう。そして、一瞬の間をおいて雷が眷属へと雨のように降り注ぐ。
アタシが放った魔法は地面を抉り眷属を穿ち砕く。
雷が降り止み、土煙が晴れると眷属の死体の山が出来上がった。見たところ一匹の討ち漏らしもない。
この場はこれでいいだろう。早めにここから離れないと雷を見た守備軍が確認しに来るだろう。アタシの姿を見られるのは避けたい。
さて、この後はどうしようか。消費した魔力を回復するために宿に帰って眠るか、それとも酒場で料理を食べながら酒を飲もうか。どちらにしようか真剣に考え、宿に帰ることにした。どうせ酒場では東門を守った奴らが祝杯を挙げるに違いない。あの空気の中に身を浸すのはごめんこうむりたい。
踵を返して宿に戻ろうと振り返ると天使は唖然とした表情を浮かべていた。
そう言えばいたわね、こいつ。酒を飲むか、宿に戻るかを考えていたら
想像通りの間抜け面を晒している天使の横を通り抜けようと——。
「すごいですね!魔法使いさん!あれほどの軍勢を一撃で屠るなんて。僕、あんなにも洗練され破壊力を持った魔法、初めて見ました!正直、感動しました」
なぜか少年が物語の英雄に向けるような憧憬のまなざしときらきらと輝く笑顔をたたえていた。
あまりにも予想外なことに、杖を持っていない手を両手でつかまれ勢いよく握手されるのを回避できなかった。
「ちょ、いきなり触るな、天使もどき」
無理矢理、手を振りほどき距離を取る。
「あ、失礼しました。感動のあまりつい。僕はラムフィリルと申します。一応、智天使の第七階位の席を頂いてます」
天使は申し訳なさそうに頭を下げながら衝撃の事実を話す。
「ち、智天使⁉アンタが⁉」
天使のことはそこまで詳しく知らないが智天使とは天使の中でもかなり上の階級だったはずだ。第七階位と言うのはよくわからないがとにかく上位の天使であることに違いない。
「ええ、若輩ながら。それよりも、貴方はいったい?東の大門にいた魔法使い達とは格が違うように見えました」
「へぇ・・・アタシの魔法がそこら辺の魔法使いよりも優れていることがわかるなんて、天使の癖に見る目あるのね」
当然の事とはいえ、格が違うと言われるのは悪い気がしない。だからといって質問に答える義理はない。
「それじゃ、縁があったらまた会いましょう」
それだけ言って宿に戻ろうとした。が、今度は腕を掴まれた。
「ちょっと待ってください。・・・もう少し話しませんか?」
「え、いや、結構です」
反射的に断った。反射的じゃなくても誘いは断るけれど。
「お願いします。どうしてもあなたのことが知りたいんです!」
「いや、だから」
「ほんの少しだけ、話を!」
天使は何処か必死そうに言い募る。正直言って鬱陶しい。
「だぁぁぁぁぁぁ!うっっっざいのよ。バカ天使!アタシはあんたと話す気はない」
掴む手を勢いよく振り払って、地面を蹴る。少し浮いた瞬間に重力を操作し、さらに身体を浮かせる。そのまま杖の上に腰掛けて街に向かって飛ぶ。
魔法使いの基本でもある重力操作による飛行。重力魔法での移動は目立つので避けたかったが、あのしつこい天使を巻くためなのだから仕方ない。
流石にもう追ってこないだろう。
「おーい。魔女さーん」
後ろからそんな声が聞こえ、まさかと思いつつも振り向く。
そこには白い翼を広げ、空を飛ぶ天使の姿がある。
「せめて名前だけでも!」
「しつこい!」
速度を上げ、距離を取ろうとするも天使は諦め悪く追従してくる。
「チッ・・・!」
今度は急降下して、街の路地が入り組む細い道にそのままの速度で突っ込む。
後ろを確認するとまだ追ってきている。大したしつこさだ。
さらに右へ、左へと曲がり続けると距離が開いた。
角を曲がり天使の姿が見えなくなった瞬間、すぐ近くの薄暗い脇道に入り着地。すぐさま呪文を唱える。
「我は影に潜むもの」
身体が周囲の風景と同化していく。呪文が一節だけの隠蔽魔法だがその効果はなかなか侮れない。それにこの薄暗い路地なら尚更見つけにくくなる。
息を潜めじっとしていると、すぐに天使が辺りを見回しながら路地を通り過ぎて行った。
少し待ってから念のため魔法は解かずに。路地から顔を出して周囲を見る。近くに
さらに数分程度待ってからようやく魔法を解いた。
「ふぅ・・・帰ろ・・・」
最後の追いかけっこはかなり疲れた。
これなら眷属の軍勢と戦った方が全然楽だ。
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