第2話 防衛戦

「ほんとに天使かあんた。おれゃ、冗談を言って笑う天使なんて見たことねぇ」


 適当な席に座ると対面に座っていた男に話しかけらる。禿げ上がった頭まで真っ赤になっている。相当飲んでいるようだ。

 とりあえずという形で集団に受けいられはしたがまだ信用を得てはいない。

 その証拠にこうして話しかけてくれる人間がいる一方で遠目から僕らを探るような視線をいくつも感じる。


「僕、天界にいた時も変わってる、ってよく周囲から言われてました。けど、正真正銘の天使です」


 コップの水を飲み、出された料理を一口食べる。

 天界では食べることの出来ない——そもそも食べる必要もないのだが——料理に少なからず感動を覚えていると、横に座っていたネッツが咎めるような視線を寄越す。


「ラムフィリル様、人間の食物を食べるのは堕天の原因になります。どうかお控えください。貴方様が堕天されては我々が廃棄されます」


 こちらの料理を食べるな、と戒めてくる。

 ネッツの横では同意するようにセロンが頷いている。彼らの心配もわからないわけではない。


「大丈夫だよ。これぐらいで堕天してたら僕はもう何度も堕天してしまっているよ」


 そう言って自分の前にある料理を進めてみても同僚の二人は頑なに食べようとしない。セロンにいたっては水すら飲もうとしない。


「まったく、二人ともそんな頑なにならなくても・・・」


 その時だった。天使としての感覚が敵の——世界の敵、その眷属の気配を捉える。 

 まだ離れているがこちらに向かってきている。それも数百体といった規模の群れだ。


「ネッツ、セロン。———迎え撃とう」

「「はっ!」」

「おいおい天使さん。急に席を立ってどうしたんだ?」


 忘れていた。人間にはよほど強力な眷属でないと認知できないんだった。


「皆さん、敵襲です!東から眷属が数百体、この街に向かってきてます!」

 同じ席にいた人間たちが急に何を言われたかわからずにぽかんとしている。

「おいおい、天使のあんちゃん、酔ってんのか?」


 目の前の男がそんなことを言っている。どうやら酔っ払いの戯言と思われているらしい。

酒は一口も飲んでいないのに。

とにかく動いてもらおうと言葉を出しかけたところで、鐘の音が響いた。店の中だけでなく街中に鳴り響いている。


「・・・皆、敵襲だ。すぐに武装し東の大門の前で迎え撃つぞ!」


グレルトさんの言葉で一斉に酒場にいた人間が動き出す。それを見て、僕たちも向かおうとしたところで肩を捕まれた。

振り向くと肩を掴んでいたのは壮年の剣士だった。確かグレルトさんの傍にいた人だ。あの時も感じたが、近くだとより鮮烈な圧を感じる。


「少し待ってもらおうか、ラムフィリル殿、ネッツ殿もセロン殿も」

「人間、すぐにその手を離せ。貴様らごときが——」

「やめるんだ、セロン。重要なことでないならすぐにでも防衛に向かいたいのですが」

「直ぐに済む。ですよね?グレルト殿」

「ああ、ご苦労。シュルツ。下がっていい」


シュルツと呼ばれた剣士と入れ替わるようにグレルトさんが近づいてくる。


「眷属が数百体、この街に向かっていると貴殿は言ったがなぜ警鐘の前に敵襲に気がついた?」

「僕ら天使には世界の敵ワールドエンドの眷属を感知する機能が備わっているので」

「そうか。しかし、これほどの襲撃の前には必ず予兆があるものだが、今回はそんな報告は上がっていない」


 そこで気が付いた。まだ店の中で装備をつけている人間もいるが、準備をする振りをしながらこちらの様子を伺っている者がいる。その手には武器が握られて、臨戦態勢を取っている。

 返答次第では攻撃されるな、これは。


「グレルトさん、この襲撃は恐らく僕たちが引き寄せたのかもしれません。僕らと同じで彼らも天使を認識できるので。本当に申し訳なく思います。ですが——」


 腰帯から剣を外して床に置く。そして首を垂れ膝をつく。


「僕たちが貴方たちと共に戦うと言ったことに嘘偽りはありません」


 想いをそのまま伝える。今の僕に出来ることはこれくらいしかない。

 老年の戦士は少しの間、僕のことを射貫くような鋭い視線で見る。言葉に嘘偽りがあるかを探るかのように。


「うむ。・・・わかった。この襲撃、天使の力抜きではこちらの軍にもかなりの損害が出る。今はお前たちを信用する。さらなる信頼が欲しいならば戦いで示すがいい」


 どうやら一応は認めてくれたようだ。

 今は、これでいい。


「ありがとうございます」


 立ち上がり、振り向くとセロンもネッツも不服そうな顔をしていた。

 天使が人間に頭を下げることなど本来、ありえないことでそれをしたことが気に入らないのは明白だった。


「僕らはよそ者だから仕方ないよ」


 本当は納得してほしいが今は時間がない。

 戦場へと向かうために外へでて翼を広げた。

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