噛み合わせの悪い比翼

くろね

第1話 英気を養う


「我々はようやく、世界の敵ワールドエンドの居城を見つけ出した!」


 酒場にいる全員に届く野太い男の声が発せられた。先程まで喧騒に包まれていた酒場には男以外の話し声は聞こえない。

 無精ひげを生やし、筋骨隆々とした体つきのいかにも戦士、という見た目。傍らには使い込まれいくつもの傷を刻んでいる黄金の兜と戦斧が置かれている。

 名前はグレルト・ロック。周囲からは「荒ぶる獅子」の二つ名で呼ばれている。

 一目で歴戦の猛者であることがわかる。この酒場の人間は皆そのことを知っているので男が話始めると自然と黙ってしまう。


「何百年も続いたこの戦に決着をつけられる!なぜなら、ここに集まった戦士は誰しもが幾つもの死線を潜り抜けてきた猛者たちだ。俺達で、世界の敵ワールドエンドを倒すぞ‼」


 おおぉーという建物を揺らすような雄叫びが其処ら中で上がる。演説していた男は雄叫びを聞くと満足そうにうなずいた。


「よし、ここは俺のおごりだ。存分に飲んで食って騒げ‼」


 酒場全体が熱で浮かされたような空気になる。それを眺めながら黒エールを一息に煽る。


「いつまで保てるかしら・・・」


 誰にも聞こえない程度の声量の独り言。何度も見た光景であるから、今度はいつまでこの空気が続くのか興味がある。

 興味と言っても暇つぶし程度のものだけれど。

 この作戦は成功してほしいが、それ以上にまた失敗するとも思ってしまう。例え彼らほどの実力者たちでさえ、世界の敵ワールドエンドからしたら雑兵だ。

 もう一口、黒エールを煽ろうとして、中身がなくなっていることに気づく。

 いつの間にか飲み切ってしまったようだ。だからといって周りのように騒ぐ気もないし、食事はすでに済ませているのでここに長居する意味はない。

宿に戻るために席を立とうとしたところで、周囲がそれまでの喧騒が嘘のように静まり返った。

なんだ、と周囲を見ると、皆一様に出入り口の方向を見ていた。目線をその方向に向けると、


「なっ・・・⁉」


 入り口には三つの人影があった。それぞれ体格がよく、独特の雰囲気を纏っている。一見すると軽装の剣士。しかし、この場にいるには異常な人種だ。なぜなら彼らの背中からは二対の鳥のような白い翼が生えている。

 それは彼らが人ではなく神の御使い————天使であることの証拠だ。

なんで天使が、と疑問を抱いたのと同時に三人の天使の中で最も存在感のある奴が一歩前に出て口を開いた。


「どうも、人間の皆さん。宴の最中に水を差すようで申し訳ありません。ですが、少しだけでいいので僕の話を聞いていただけませんか?」


 さっきまで話していた戦士の男と同じで良く通る声だが、こちらは歌うような話し方だ。


「お、おう、話はかまわねぇが・・・あんた、天使だよな?」


 入り口付近にいた一人が信じられないという様子で確認する。


「ええ、天使です」


 天使は答えながら背中の羽を動かして見せる。


「あ、こちらの礼儀では話をする者は名乗るのでしたね。僕はラムフィリルと申します。こっちの二人はセロンとネッツ。それでは僕らがこちらに赴いた理由を話させてもらいます」


 この酒場の空気が完全にラムフィリルに飲まれた。魅惑の魔法を使われたわけでもないのに彼に視線が釘付けになる。


「僕らは、貴方たちと一緒に世界の敵ワールドエンドを倒すためにここに来ました。僕らを貴方たちの仲間にしてください!」


 一瞬、この天使が何を言っているのかわからなかった。


「「はあぁぁあぁぁぁぁあ⁉」」


 驚きの声が其処ら中で上がる。アタシもあまりにも信じられないことを聞いて口が塞がらない。グレルトでさえ戦士らしからぬ間抜け面を晒している。

 しかし、それも仕方ないこと。これまでの歴史で天使が人間と協力して戦うと言ったことはない。もしかしたら何度かあったかも知れないが少なくとも歴史には刻まれていない。

 そもそも天使は神が仕事を押し付けるために作り出した機構であり、明確な個人としての自我は存在しない。前に会ったことのある天使など見た目が人間で中身はゴーレムの様に命令を遂行するだけの面白みの欠片もない人形だった。

少なくとも目の前にいるラムフィリルのように爽やかな笑顔を浮かべるような奴ではなかったと断言できる。


「おいおい、ほんとに天使か?」

「何言ってんだ。天使が味方に付けば百人力だろ」

「これで上位眷属が出てきても余裕だな!」

「いや、急に出てきた奴を信用していいのか?」

「もしかして天使に化けた悪魔なんじゃ・・・」

「まさか・・・」


 それぞれが考えを口にし、騒がしくなってきてそろそろ収集が付かなくなるという時、ダンッと床を叩く重い音がして一斉に話し声が無くなり、静かになる。


「皆、静かにしろ。彼らの正体や目的について我らが話すことではない。この場の長が決めるべきであろう」


 静かだが威圧感のある声が響く。声の主はアタシでもよく知っている。三十年前の東の大進行では防衛軍の若輩でありながら多くの強力な眷属たちを屠った軍人、エドワード・シュルツ。手に持つ剣はその戦いで屠った怪物たちの骨や爪、牙を使っており、その切れ味に並ぶ剣はないと言われる程の名剣。

 彼の貫禄と威圧感はあの戦いを潜り抜けただけはあるけれど、新兵の頃はビビりのヒヨッコだったくせに随分と変わったものだ。

 そのシュルツが視線をグレルトへと向けるので釣られて視線を向ける。

 グレルトは考え込むような顔で目を閉じていたが、やがて目を開いて言った。


「・・・戦力が増えるのはいいことだ。それが天使であれば我らの勝利はより盤石なものになるだろう。歓迎しよう、天使達よ。私は此度の作戦で指揮を執るグレルト・ロックだ」


「ありがとうございます。グレルトさん。我々の力、存分に振るわせていただきます」


 お互いに手を差し出し握手を交わす。

 そのやり取りを誰もが一言も発さずに見ていると


「何をしている。皆、宴の仕切り直しだ」


 グレルトの一言で場の空気は再燃し、より騒がしく楽し気な雰囲気になる。天使達も騒いでいる集団に合流して一緒に食事している。時折、楽し気に笑ってさえいる。


「あいつ本当に天使か・・・?」


 思わずつぶやいてしまう。宿に帰ろうと思ったが、あの天使を放置して後で被害を被るのは避けたい。あの天使が本物かどうか。それがわからなくても目的くらいは見定めておきたい。

座り直し、長期戦に備えてなにか頼もうかとメニューを開く。


「はあー、このタイミングで来るか・・・」


 使い魔からの報告が入る。

———眷属てきが来た、と。

 メニューを閉じて席を立つ。

 周囲に見止められないように静かに店を出た。

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