蚊(mosquito)に捧ぐ

君とわたしは天敵だった

幼き頃、山の子であったわたしは

格好の君の餌食であった


プーンというあの不快な羽音

痒みが手足を襲い

ぷっくり、いくつもの水玉をつくる


我慢できない幼子は

これでもかと掻きむしり

挙句、掻き壊し、あちこち残る夏の痕


どれだけ君を憎んだことか

血だけ吸うならまだしも

痒みを残していくとは何事か、と


君の気配に人一倍敏感になり

君の羽音を聞き逃さず、素早く叩き潰す

君の滅亡を真剣に祈ったりすらした


あれから


大人になり山を降りたわたしは

君とも随分、距離をおくことができた

毎夏ごとの手足に残る痕も無くなり


そんな昨日

懐かしいあの羽音を聞いたプーン

黒い身体、細い手足、君だったよ


反射的にわたしは

止まった君を叩き潰していた

すまぬ、どうにも耐えきれなかった


潰れた君に吸血したあとは無かった

無実であったのか未遂であったのか

もう、わからないけれど


嗚呼、蚊よ

我が天敵よ

年月を重ね、久しぶりに再会した君


許せよ、それでもやっぱり

すかさず

わたしは蚊取線香を焚いたのだ


煙が細く立ちのぼる


もう、ここには来るな


もう、ここには来てくれるな

我が天敵よ

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