第15話 交流
やはりどうみても、一か所だけおかしな部分がある。ここからでも、ありありとその違和感は伝わってくる。不慣れだったことに加えて、暗くなり始めで手元が疎かになったということもある。まあ、今のところ文句は来ていないみたいだから、これでいいのかもしれない。少なくとも、現在ここにいない少女は自らの仕事のデキに満足しているようだった。
元勇者による魔法教室。今日はその五日目。午前中は土いじりに勤しみ、午後からいつもの川辺に出てくる。そんな生活サイクルが確立されつつあった。
いつもなら、セティアも一緒なのだが、今日は別の仕事があると、朝早くからどこかに行ってしまった。未だに彼女がどんな仕事を領主様から任されているのか、俺はよく知らなかった。
目の前では、アレンが一生懸命に魔法を自在に操ろうとしている。五日目ともなれば、その努力は実を結びつつあった。ピンポン玉くらいのサイズの火の玉なら、自在に射出できるようになっていた。
新しく用意した的代わりの岩石には、ちらほらと焦げの跡が残っている。おそらく間近によれば、ぽろぽろと屑が落ちているのかもしれない。だが、それを破壊する程の威力にはまだまだ遠かった。
そして今も――
「おーい、そろそろ休憩にしようか?」
「えー、あと少し! もう少しで何か掴めそうな気がするんだ!」
「じゃあ次の一回で最後な。根詰めすぎると、魔力暴走を――」
「起こすぞ、でしょ? もう何度も聞いたよ」
ませた表情を浮かべる薬師の一人息子に、俺はちょっとだけ苦笑した。毎日のように口を酸っぱく言っていたから、もう耳にタコでもできているのだろう。魔力暴走とは、過度に魔力を使い続けたことによって引き起こされる現象の一種だ。あまりにも頻繁に魔力を働かせ続けると、やがて身体がその状態に慣れてくる。その結果、制御が利かなくなるひたすらに魔力が放出され続けるのだ。それをあえて利用する魔法もあるが、反動が多すぎて俺も二三回ほどしか使ったことがない。
とりあえず、俺は彼の最後の試行を見守ることに。彼はぐっと腕を前に突き出した。人差し指までピンと伸びている。暫くあって、何かの言葉が風に乗ってきた。すると、その指先に炎が灯り、すぐに小さな球体を形どる。
そこまではスムーズな流れだった。実践(それはあっては欲しくないことだけれど)においても、問題のない速度。そしてアレンは指を振るった。
「ううん、やっぱりダメだ……」
「そうか? いい線行ってると思うけどな」
「全然ダメだよ! こんなんじゃ――」
「あっれー? しばらく見ないと思ったら、こんなとこで何やってんだよ、アレン」
背後から声が聞こえた。振り向くと、子どもたちの一団がそこにいた。ニヤニヤしながら、こちらに近づいてきた。
「べ、別になんでもいいでしょ……」
「しかもこんな怪しい奴とさぁ」
リーダー格の
「キミたちの方こそ、何してるんだい?」
「お前に言う必要はないだろ」
とげとげした物言いは、ちょっと体格のいい魔族からだった。
そんな風に邪険にされると、俺としては何も言えなくなる。少し顔を顰めながら、頭を掻いた。
すると、子どもたちはぞろぞろと岩の方に向かっていく。しげしげと眺めまわすと、やがてリーダー格の子どもがちょっと意地の悪い笑みを浮かべながら振り向いた。
「ああ、なるほど。魔法の特訓をしてたわけねぇ」
「そうだよ、悪い?」
「いいやぁ、ぜんぜん~」
はははと彼が笑いだすと、それはすぐに全員に伝播した。
「でも全然うまくいってないみたいじゃん!」
「……うるさいなぁ」
「いいか、見てろよ。本当の魔法ってのはな、こうやるんだ!」
オーガの子どもがぱちりと指を鳴らした。たちまちに彼の頭大の火の玉が発生して、それがまっすぐに岩石に向かっていく。そして激しい音と共に、その上部が弾け飛んだ。
「へっへーん! どんなもんだい!」
「すっごーい、さすがウォレス!」
「へなちょこアレンとは全然違うなぁ」
盛り上がる友人たちとは対照的に、アレンは悔しそうに唇を噛み締めていた。
それを見て、俺は彼らに歩み寄った。
「君たちなぁ……!」
「うわー、プータローが怒ったぁ!」
堪らず大声を上げると、甲高い声で何かを喚き散らしながら、子どもたちは散り散りになって逃げていく。その身のこなしの素早さには目を見張るものがあった。
それ以上、追うことはしなかった。少しは懲りてくれれば、いいんだが。まあ無理だろうな。見るからに生意気盛りの子どもたちだったし。
「大丈夫か?」
「……平気だよ」
その顔は決してそうは見えない。かなりしょげている。
「気にする必要は……ないとは言えないなぁ。見返してやるしかないな、こうなったら」
弟子、と評するにはちょっと躊躇うものがあるものの。教え子があんな風に馬鹿にされて、俺としても少しは悔しかった。
「でもお兄ちゃん……」
「それにアレンが凄い魔法を身に着けたら、少しはあいつらも大人しくなるだろ? あのまま調子に乗ってる方が危ないからな」
「うん、わかった! 僕、頑張るね!」
俺の言葉に、ようやく魔族の少年は元気を取り戻してくれたらしい。そのまま意気揚々と、上部が抉られた的に向きなおそうとするが――
「その前に、休憩だ。約束したろ?」
「……あ、そうでした」
俺は彼とお互いに軽く頬を緩め合うのだった――
*
アレンを無事に家に送り届けて、俺は一人、セティアの家へと向かっていた。辺りは薄暗い。本当はもう少し早く切り上げるつもりだったが、つい熱中してしまった。
後は晩飯を食べて、寝るだけ……正直な話、それが一番一日の中で重いと言っても過言ではない。
相変わらず、魔界の料理は口に合わないし、寝床も日に日に劣悪になっていく。世話になっている手前、セティアには非常に申し訳なくて、言い出せないし。いっそのこと、そろそろどこかで一人の塾でもしようか。しかし、時折顔を撫でる冷たい風が、容赦なくそんな俺の想いを吹き飛ばす。
そんなやや重たい足取りで道を歩いていると――
「あれは――おーい、カインくーん!」
道の先の方から声がした。薄闇の中目を凝らしてみると、見覚えのある顔が二つ並んで近づいてくる。二人とも、大きく手を振っていた。
「ミレイさんとセティアか。一緒だったんだ」
「うん、まあね~」
軽く答える狐娘の目が泳いだのを俺は見逃さなかった。
しかし、こうして館の外で領主と会うのは初めてのことだ。もちろん、この姿になって、という条件を限定する言葉はつくものの。
彼女はセティアよりも背が低い。かなり小柄だ。ぱっと見た感じはひ弱な感じしかしない。とてもではないが、かの凶悪な魔族の王の血を引いている様には思えない。しかしそれも、この村娘によれば気のせいということだが。
「またあなたは破壊工作にでも勤しんでたのかしら?」
「いや、あの……その件は本当にすみませんでした」
「ふふっ、冗談よ。でもさっき、子どもたちがあなたにいじめられたーって言ってきたんだけど?」
微笑んではいたが、その目は笑っていなかった。
俺は思わずセティアと顔を見合わせた。彼女は俺が今日もアレンの稽古に付き合っていたことを知っている。子どもたちとのトラブルとなれば、彼絡みのものだというのは彼女にも察しがつくだろう。
あの時は、アレンの魔法修行の件は秘密にすることにしたが。果たして今もその方がいいのか。だとしたら、そこにどんなメリットがあるのか……判断がつかないものの、余計なことをして、この狐耳の少女の機嫌を損ねるのも面倒なわけで。
――結局俺は当り障りがない程度に、昼間あったことを領主様に説明した。なるべく悪印象を与えないように。忘れてはならないが、俺の待遇はこの魔族の胸咲さん寸で決まるのだから。
「へえ。そんなことが……」
アレンがどうやら仲間外れにされていると聞いて、ミレイは少しだけ顔を歪めた。顎に手を当てて、何か考え込む表情をする。
「全く子ども同士、仲良くすればいいのに!」
「仕方ないわよ、あの年ごろって色々あるじゃない」
「でもですねぇ、アレン君が可哀想だと」
「ま、あたしの方もそれとなく確認してみるわ。――あんまりしたくないけどね」
そう言って、彼女は気恥ずかしそうに微笑んだ。
「しかし、誰に教わったのかしら、魔法の使い方なんて」
「へ?」
それが突拍子のない疑問過ぎて、俺は思わず調子はずれな声を上げてしまった。
「だって自然と身につくものでもないじゃない? やっぱり親たちかな」
「ま、まあまあミレイ様。少しくらいならいいじゃありませんか」
どこかセティアも虚を突かれた感じだ。
「そうだけれど……ほら、何かと物騒だから、危ないことにならないかって、心配なのよ」
子どもたちを憂う姿は、まさしくこの村のトップの姿い相応しかった。
「ともかく、あんまり目立つようなことはしないでね。あたしまで、みんなにちくりと言われるんだから」
「ミレイ様はまだいいですよ。まだ少し遠慮されてるから。アタシなんか、ついこの間もお隣の――」
そのままセティアの愚痴が始まった。その様子は、とても領主と一村人には見えない。仲のいい友人、あるいは姉妹のような――
襲い掛かってくる北風に身を竦めながら、俺は早くそんな世間話が終わることをひたすらに祈るのだった――
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