第14話 軋轢

「全く、とんでもないことをしてくれたものね?」


 領主さまはデスクに座ったまま、険しい顔つきで俺たちを眺めていた。腕組みをして、憤慨しているさまを少しも隠そうとはしない。


 柵をぶっ壊すという大事件を起こした俺は、セティアと一緒にこうして領主の館へと出頭してきた。アレンには続きはまた今度と言い聞かせて、家に帰ってもらった。面倒なことにならないよう、彼に魔法の特訓をつけていたことは黙ってある。これは、我が家主からの助言でもあった。

 領主の部屋の中では、沈黙の時間が続いていた。俺たちは、ただ反省の意を表すようにデスクの前で力なく目を伏せるばかり。ひたすらに、領主からのお叱りの言葉を待っていた。


 はっきり言って、かなり気が重たい。世話になっているこの村に対して、仇を成したから、だけではなく。あんまり、ミレイと顔を合わせたくはなかった。どうしても、色々と余計なことに想いを馳せてしまう。


「あたし、村に滞在してもいいとは言ったけれど、破壊活動まで認めた覚えはないのですけど?」

 ピクリと、その細い眉が動く。

「ええと、この度は本当に申し訳ありませんでした」


 俺は深々と頭を下げる。皮肉めいたその言い方は、とても身に染みる。その華奢な全身からありありと怒りが放たれていて、俺はひたすらに気の詰まる想いだった。

 魔法の練習をしていたら手が滑った、というのが俺たちの主張だった。嘘は言ってない。本当は魔物を見つけて、とか言えばそれっぽいんだろうが。やはりセティアに止められた。それならそれで、余計な心配をこの女領主にかけることになるから。


「本当よ。――さて、セティア。もちろんあなたにも、責任を負ってもらうわよ」

「ええっ、そ、そんな~……でも、ミレイ様、お言葉ですが、アタシは関係ないと――」

「お黙りなさい! 彼を連れてきたのはあなたです。そこには、当然彼を監督する義務が生じると思うんだけど?」

 小首をかしげて、薄い笑みを口元に称えるミレイ。


 そのまま押し黙った村娘を見るに、彼女もまた自らの領主の言うことに一理あると感じたようだ。彼女はどこかばつの悪そうな顔をしてそっぽを向いている。


「しかし、あなた、魔法を使えるのね。……もしかして、兵士だったんじゃないの?」


 ミレイはどこか冷やかすような顔をしていた。そして、その口調もまた悪戯っぽい。少しは怒りが冷めたみたいだ。


「いやぁ、どうだろう? 全然、身に覚えはないけど……」

「ふうん。まああたしはなんだっていいんだけど。記憶、早く戻るといいわね」

「それでミレイ様。アタシたちにはどんな罰が?」

「とりあえず、至急柵を直してもらわないと。魔物が入ってきても面倒だし、子供たちが悪戯しても困るわ」

 彼女は顔を顰めると、不愉快そうにゆっくりとかぶりを振った。


「大工に頼んだ方が出来栄えはいいと思いますが」

「それだと、あなたたちへの罰にならないじゃない。だいたいね、あの程度だったら誰でも作れるから大丈夫よ」


 その言い方だと、彼女の先の心配と矛盾すると思うが……しかし、それを言い出せるような雰囲気でもなかった。


「グルーには連絡を入れておくから。――当たり前だけど、今日中に何とかできなかったら、農作業十日分ね」

「アハハー、余裕ですよ、そんなの。――それじゃあ、行こっか、カインさん!」

「ああ、そうだな」


 とても明るく振舞う狐娘にどこか危ない雰囲気を感じながらも、俺たちはその場を後にする。結構広い範囲にわたって、破損していたと思うのだが。それに、この娘はともかく、俺はそうしたことについては素人なんだけど。

 若干の不安を胸に、グルー――この村の木こりの家に向かうことにした、





        *





 その家は、村の南東部の端にあった。しっかりと木をくみ上げられたその外観は、セティアのものと比べるとちょっと立派である。いい木材を優先して選んだのかもしれない。

 木こり兼森番というのが、彼――グルーの役割でもあった。この間のあいさつの時に、セティアにそう教えられた。そして、家の背後には、鬱蒼とした森の姿がよく見える。


「ああ。メイドのねーちゃんから聞いてる。ったく、面倒なことをしやがって」


 子どもたちよりも低い背丈ながらも、その木こりの声はとても低かった。そして、どこか見た目は年老いて見える。――ホビット、という種族だ。職業からして、意外と身体は筋骨隆々としている。


「えへへ、ほんとごめんなさい」

「なんでい、お前さんが謝るようなことじゃあないだろ。悪いのは、こっちの青臭いガキだって」

 じろりとグルーは俺のことを睨んだ。


 一応、十八になったんだけどな、俺も。まあそれはこの人の知ったことじゃないか。そもそも、知っていたとしても同じことを言われる可能性は存分にある。概して、小人とは長寿だという。何かの書物で読んだ覚えがあった。


 それはともかくとして。どうにもこの木こりはあまり乗り気ではないみたいだ。俺たち――いや、特に俺に対して敵意を剥き出しにしている。

 彼だけではなく、この村の魔族たちはまだまだ俺のことを警戒しているようだった。今までも何度か道ですれ違ったりしたが、一様にその反応は芳しくなかった。誰しもが、猜疑心のこもった視線を俺にぶつけてきた。

 俺のことを受け入れてるのは、他でもないセティアと、アレン。領主のくせして、ミレイもあんまり俺のことを悪く思ってないみたいだが。彼女の場合は、俺が逆に負い目を覚えている。


「だいたいよぉ、最近は森の出入りも禁止されてるってのに。こんなことで、無駄に木材を使いたくないんだがねぇ」

「まあまあ、おじさん。それくらいに――」

「いや、我慢ならねえっ! だいたいなんだ、記憶喪失って? お前さん、本当に何も覚えてないって言うのかい!」

「まあ、その、はい……」


 あまりの剣幕に、俺はたじたじになるしかなかった。その態度がなおも火に油を注いだようで、彼はより鼻息を荒らげる。


「そこからして怪しいってんだ。なんで、こんな何もないところをうろうろしてたんだか。怪しさ満点でねえか」

「グルーおじさん、落ち着いてよ」

「そもそも、セティアもセティアだ! 傷ついた小動物じゃねえんだぞ! こんな見るからに怪しい男なんぞ拾ってきやがって。お前さんのお爺さんも、きっと草葉の陰で鳴いているだろうて」

「なによ、そんなことないったら。むしろ、傷ついている仲間を見捨てる方が、おじいさまに怒られるもの! この人はたぶんいい人よ。昨日だって、アタシが蜂に襲われているところを魔法でばばんと助けてくれたし!」


 二人とも、見事にヒートアップしていた。俺は完全に蚊帳の外。揉めている原因のはずなのに。堪らず、力なく空を見上げた。二羽の鳥が自由に灰色の空を翔けている。きっと森に棲んでいるんだろう。天球はだいぶ傾きつつあった。

 視線を戻してみても、言い争いはまだ続いていた。ここ数日でわかったことだが、セティアは意外と気が強い。初日や二日目の、あの淑やかな態度はどこへ行ったのか。まあ、気を遣われなくなった、と考えればちょっとは嬉しくもある。


 ――それはまあいいとして。


「なあ、セティア。日が暮れるぞ?」

「あのねぇ、いったい誰のせいでこうなってると思うのよ!」

「俺の味方をしてくれるのはありがたいんだが、このままいくと農作業が待ってるぞ」

 どうにも、この娘は完全に己が使命を忘れているようだった。


「……そうだった。あの、おじさん。色々と不満があるのはわかってます。でも、アタシは自分の選択が間違いだったとは思ってませんから!」

「村の柵を壊してるのに、全く説得力はないがな――ま、こいつのことはともかく、お前さんのことは信用している。ひとまず、それでいいな?」

「ありがとう!」

「じゃあついてきな。材木置き場はこっちだ」


 くるりと、グルーは踵を返した。そして、森の方にゆっくりと歩いていく。


 無事に材料を手に入れた俺たちは、急いであの現場に向かった。素人作業が終わる頃には、辺りはすっかり真っ暗になっていた。

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