第13話 少年と特訓
アレンの両親は薬師をやっている。両親とはいったものの、父親の方はだいぶ前に亡くなった。以来、彼の母親が一人で切り盛りしている。村唯一の薬師として、とても重宝されている。村人からの信頼も篤い。
そんなアレン母はつい先日、大怪我をして戻ってきた。近くの森に薬の材料を取りに行ったところ、獰猛な魔獣に襲われた。悲鳴を聞いた森番がすぐに救助に向かったおかげで、最悪の事態は回避できた。現在は祈祷師の回復魔法の効果もあり、段々と快方には向かっている。
そんな事件は、前代未聞だった。この辺りの魔物はそんなに強くなく、いつも彼女は一人で材料探しに出向いていた。あの大蜂もそうだが、近頃魔物が全体的に凶暴になっているみたいだ。皮肉なことに、それが明らかになったのは村人の一人がそうして犠牲になったからだが。領主様――ミレイはずいぶんと頭を悩ませているらしい。
「この村に戦える人はほとんどいないの。だから、結構マズい状況なのね」
基本的に明るいこの魔族の少女も、さすがに苦い顔をしていた。
長い話が終わると、そのまま沈黙が訪れた。魔物の凶暴化、か。果たしてこの世界に何が起きているというのか。その変化の一端を担っているのは、もしかすると俺かもしれない。そう感じて、俺は黙り込むことしかできなかった。
だが――
「……うぅ、またダメだぁ」
気まずい沈黙を、そんな情けない子どもの声が打ち破ってくれた。見ると、アレンの顔は今にも泣きそうな顔をしている。俺は彼の方に近づいていった。
村の少年アレンとの交流を果たして、一日が明けた。早速、こうして訓練を付けることにした。とりあえず、入門として、まず火炎魔法から始めることに。流石に村のど真ん中で、そんなことをやるわけにはいかず。こうして、川の近くに陣取った。少し上流まで歩いてくると、荒れ果てた土地が広がっている。すぐそこが村の外らしく、もっともらしい柵が巡らされている。
やり方は、完全に自分の体験を踏襲した。火炎魔法から始めたのもその一環。水や雷、氷などとは違って、エネルギーを出力するのも簡単だし、基本は球体状にして飛ばすだけで、魔法攻撃としての体裁は整う。
教え方はそんなに的外れなものでもなかったらしい。身体を流れる魔力をまず感じさせる。意識をそちらに向けて、それをコントロールする練習。……それだけで、半日がつぶれた。
今は午後の部。いよいよ、炎を指から出すステップ。魔力をコントロールして、人差し指に溜める。熱をイメージする。指先が仄かに暖かくなってきたら、今度は焚火を思い浮かべる。後はぱちんとデコピンの要領で人差し指をし鳴らせ放つ。もちろん、呪文は忘れず。ファイアと言葉を紡げば、魔法は発露する。たちまちに、何もないところから火が起こるだろう。
そのはずだが――
「さっきから、ぼっと炎は灯ってるじゃないか」
「でも小さいし。こんなんじゃ、小さい虫しか殺せないよ……」
「それでも立派だと思うけどな。それすら、この
「カインさん。家を出て行ってくれても、構わないんだよ?」
ニコニコと笑うその顔はひたすらに恐ろしかった。
「じょ、冗談だから……とにかくだ。俺はアレンだって十分凄い、って言いたいんだ」
それは本心だった。俺の時は、炎を出すのにさえ三日くらいかかった。アイリスはそれはもう皮肉たっぷりに暖かく見守ってくれた。あの時に、俺とあいつの関係性が構築されたともいえる。
やはり魔族だから、魔法との親和性が高いのか。この成長速度は目を見張るものがあると思う……サンプルは一つしかないけど。
しかし、アレン少年はとても不服そうだ。唇を尖らせて、上目遣いにちょっとだけ睨んでくる。子ども扱いされるのが嫌なのかもしれない。自分も経験があるから、それはよくわかる。
「でも実践あるのみだぞ。ここまで来たら、頑張って火の玉を作り出せるようにならないと」
「わ、わかってるけどさぁ……」
「難しそ~……。ねぇ、カインさん。ちょっとお手本みせてあげたら?」
「うん! 見たい、見たい!」
「ああ、わかった。ちゃんと見とけよ?」
俺は一つ大きく息を吐いた。たかが小さな火の玉を飛ばすくらい、呪文を呟くだけで事足りる。この姿でも、魔法を使えることは確認してあるから。しかし、それでは参考にならない。アレンに倣って、ちゃんと順を追うことに。もちろん、レベルの高い魔法を使う時はいつもそうしているが。
俺はすっと前方に向かって腕を伸ばした。ピンと人差し指を、標的物である大岩につきつける。その少し後ろには、木柵がきちんと横並びになっている。
ぐるぐると魔力を回す。この少年のように、全魔力を集中させるとまずいことになるのはわかっているので、出力は絞る。
指先にエネルギーが溜まり切った。熱く、丸く、強く――ぽつりと漏らす。魔力はやがて――
「
単純な言霊は単純な現象を起こすのみに留まる。ぼっという音が経つと、俺の指先に小さな炎が揺らめいた。
「ここまではできたよな?」
「うん。でもすぐ消えちゃった……」
がっかりしたように、彼はかぶりを振った。
「じゃあまずは保持だ」
出来上がった小さな炎を指先に灯し続ける。魔力を一定量注ぎ続けるだけ。きっとアレンは、炎を作り上げることに必死になりすぎているんだと思う。そんな感じのアドバイスを口にしたら、彼はどこかはっとしたような顔で何度か頷きを繰り返した。
「気を付けてほしいのは、小さく小さくということだ。ちょっと見てろ」
どんどん魔力を注いでいく。すると、次第に炎は大きくなっていく。よどみなく、俺の体内を本来は異物たるエネルギーが巡っていくのをありありと感じる。
「魔力の量が変われば、魔法の威力も変わる。ファイア、というのは基本的には着火魔法。ただ魔力を炎に変換するだけの簡単なものだ。それでも、こうして注入するエネルギー量を変えてやれば、火力も強くなる。逆に言えば、強力な魔法は最初から、莫大な魔力を要するわけだけども。――ま、初歩の初歩とはいえ、使い手次第ってことさ。それは覚えておいてほしい」
「は~、魔法って奥深いんですなぁ」
感心しているのは、なぜかセティアだった。
「つまり、扱いに気を付けないと、危ないってこと?」
「そういうこと。保持してるつもりが、こうして巨大化してました、なんてことはザラさ」
それはアイリスに何度も怒られたことでもあった。
「それはわかったけど。この後はどうするの?」
「いいか? こうして炎になっているとはいえ、元は自分由来のエネルギー。となれば、コントロールもできるのさ。……ちょっと難しいけどな」
俺はゆっくりと拳を開いた。相変わらず、その炎は宙に浮いたまま。手のひらをそっと返してみても、変わらない。今は、手全体でその炎を固定しているからだ。そして、すっとその下に手を差し込んだ。熱さは感じない。そして、球体に注がれる魔力を感じながら、おもむろに握りこぶしを作っていくと――
「わあっ!」
「すごい、すごい!」
少しずつ丸みを帯びていく炎に、少年だけでなく、我が家主も子どものようにはしゃいでいる。こうなると、少しは嬉しくなるというのは人情の常というものだろう。
「そして――」
張り切ったのがまずかった。つい、魔力を注ぎ込み過ぎた。結果として、完成した火の玉は思いの外巨大になって――
「……あっ!」
勢いが付き過ぎた。目標の岩石を貫通して、そのまま火球はまっすぐに飛んでいく。やがて、大きな爆発音がした。あの柵にぶつかった。
――煙が晴れると、見るも無残な光景が俺たちの前に広がっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます