第28話 ミス・オレンジ/arancione

「あ、えーと・・・さっきも言ったんだけど、俺は玄人くろと、はこざきくろと」

 言葉が通じていることに改めて喜びを感じる。


「なんで今まで話せないフリをしていたか分からないけど、私はルージュ。あと危ないところを助けてくれたばかりか、妹の命まで救ってくれて。本当にありがとう」


「まぁ、成り行きというか、状況が状況だったからね」


「でも、あなた、一撃で魔石の熊オグルベアを倒してたわよ。成り行きなんかでどうこうなる相手じゃないわ」


「オグルベア? あぁ、さっきの熊のことか・・・あれって、そんなに強かったの?」


「強いも何も、あんなのがいるなんて知ってたら誰も森に近づかないわよ」


「ふーん。あ、そうそう・・そもそも君たちはなんであんなところにいたわけ?」


「私たち、ウール村に住んでるんだけど、1年くらい前から井戸が枯れてきて、生活するにも苦労してたの。それでいつもは少し離れた川まで水を汲みに行くんだけど、最近、森に入った人の話だと、森のあちこちに湧き水が出始めたというから。それで川よりも近い森の方が楽だし。ついでに野ウサギでも狩ろうかってことになったのよ。それで二人で森に入ったってわけ」


「それで死にかけたってことか」


「途中までは順調だったのよ。そりゃあ・・まぁ・・・ちょっと欲張って奥に入りすぎたのは認めるけど・・」


「まぁ、別に責めてるわけじゃないから」


「・・・・・」

ルージュは黙ったままうつむく。


「そっちの子はまだ寝てるけど、お腹空いたでしょ。何か食べようか?」


「アマリージョ・・・」


「ん?」


「そっちの子じゃないわ。アマリージョ。ちゃんと名前があるわ。一つ下の妹よ」


「へぇ。ルージュとアマリージョか・・・可愛い名前だ」


「えっ・・・べ・・別に普通よ」

 なんか不機嫌?

 名前を褒めるのは、なにか失礼にあたるのか?

 この世界の常識が分かるまでは、あまり余計なことを言わないように気をつけないと。


 携帯用のガスコンロに火を付けて、フライパンにミートソースを入れて温める。


「クロードのそれ、変わった魔法ね・・火魔法の一種なの?」


「ん?クロードって何? っていうか今、魔法って言った?」


「え? 言ったけど。あなたのそれも魔法か魔道具の一種じゃないの?」


「魔道具?」


『魔法の道具の一種ですよね』


「!!ギャー!  誰? なに? ビックリした~」

 突然、普通に声を発したヒカリにルージュが死ぬほど驚いた。


『えーと、驚かせてすみません。魔道具のヒカリでぇす。会話が出来る魔道具ですっ』

 ヒカリは何を可愛い子ぶっているんだ・・・しかも自分を魔道具だとか紹介してるし。


『――ずっと黙っていようか思いましたが、丁度よいワードが出てきましたので、思い切って会話に入ってしまいました』

 通信で言い訳してきた。


――突然で俺もビックリしたけど、話して大丈夫なの?


『――こちらは命の恩人ですし、悪い流れにはならないと思います』


――ならいいけど。次からはちゃんと前もって知らせてよ。


『――はい』


「えーと、これは俺の魔道具でヒカリ・・・です」

 いい年をして、気の利いた説明一つ出来ないなんて・・・ちょっと情けない。


「へぇー、変わった形のゴーレムね。これ」


『「ゴーレム?」』

 ヒカリと二人で揃って聞き直す。


「魔法とか魔石を使って、命令通りに動かせる魔道具をゴーレムっていうのよ。あなたの住んでるところじゃそう呼ばないの?」


「あ、あー、呼ぶかな。だいたい呼ぶね。うん、たぶん呼んでたかな」


『――それはいくらなんでも不自然ですよ』

 通信で怒られた。


「なんだ、呼ぶんじゃない。さっきから知らないふりばっかりして。そんな子供じゃないんだから、からかわないでよ」


――あーこの子・・・たぶんアホな子だ。アホでよかった


 パスタも冷めていたので、フライパンでミートソースと絡めてから皿に盛る。

 ルージュをイスに座らせて、「どうぞ」とフォークと共に机に置く。


「・・・・なに?これ」

 匂いをかぎながらルージュが訪ねてきた。


「え、スパゲティ? パスタ? ミートソース? なんて言えばいいんだろ。口に合うかは分からないけど、とりあえず食べてみてよ」


 腹も減っていたし、自分が食べないとルージュも食べづらいと思って、先に食べ始める。


――久しぶりのミートソース。ちゃんと味のついた食事は美味しいや・・・


 節約のため、塩胡椒だけのパスタばかり食べていたせいで、濃い味の食べ物がものすごく美味しかった。

 ルージュはどうだろうか?


「あ・・・」

 ルージュは、何も言わず、一心不乱にミートソースを口に運んでいた。

 既に口の周りはオレンジ色。


「もう少しあるけど食べる?」

 残りは妹のアマリージョの分だが、そんなに食べるならと思わず声をかけてしまった。


「んぶ? はぁぃ、おがぷわりぐぷだざい」

 ルージュが慌てた様子で、残りのミートソースをまとめて口に押し込んで、皿を突きだしてきた。


「はい」

 急いで残り全部を皿に入れてあげた。

 結局、ルージュはおかわりの分も、ものすごい勢いで完食した。

 コップに湧き水を入れてやる。


「べほっ!! なにこれ美味しい。こんな水・・初めて・・」


「あぁ、それ・・この近くの湧き水」


「え、あ、そうなの? そうなんだ・・水もだけどこの料理もまあまあ美味しかったわ。初めて食べた味で表現が難しいけど・・・ごちそうさまでした。ありがとう」

 急にすました顔でお礼を言ってきた。

 あんなに夢中で食べてたくせに。


 口の周りをオレンジ色に染めながら、何事もなかったように涼しい顔しているルージュ。

 ポニーテールが似合う、見るからに活発そうな女の子。

 意志が強そうな瞳とはうらはらに、笑うと出来るえくぼが可愛い。


 でも絶対この子は、アホだ。

 それはそれで、また可愛い感じもするけど・・・。


『――手を出したらダメですよ』


――出さないよ!

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