第27話 シャベレルヨウニナタヨー/Kinoshita
二人を抱えて走ること2時間半、ようやく洞窟へ戻ってきた。
湧き水も使い果たしてしまったので、休憩は取らずに休み無しで走ってきた。
その割には、たいして疲れてもいない。
魔石さまさまといったところだ。
防災リュックから新しい毛布を取り出し、自分の使っていた毛布と合わせて、2人を寝かせられる場所を作る。
綺麗なタオルに湧き水を浸して、2人の傷口に乗せておく。
これでしばらくは大丈夫だろう。
あとは、どちらかが起きるまで待って、事情が聞ければと思う。
それと、ヒカリには言語の違いについても聞いておかなければ・・・。
「とりあえずは、これで応急処置になってると思うけど・・・大丈夫かな」
『症状が
「で、予想する形でないとはいえ、人間と出会えた訳だけど」
『はい。言葉の問題ですね』
「うん」
『マンションを襲ったオーガが、データに全くない言語を話していたので、可能性としては考えていました。いろいろと問題はあるのですが、分かりやすく説明しますと、こちらの世界の言語が一文字ずつで出来ていて、その組み合わせで単語が成り立ち、単語の組み合わせが文章であるならば、データさえ揃えば翻訳できる可能性は高いです』
「ちょっと言ってる意味わかんないですけど・・・」
『文字から単語が出来て、単語の組み合わせが文章なら大丈夫だと言うことです』
「それ以外に言葉が作れるの?」
『作れたら理解が困難かも知れないということです。あくまで可能性なので、彼女たちが起きてからでないと分かりませんが』
「まぁ、どっちにしても起きてからか・・・それなら、ちょっと起きる前に湧き水、汲んでくるよ」
『了解しました。私はここで彼女たちを見ていますので、変化があれば通信で知らせます』
「うん、よろしく頼むよ」
そう言ってリュックにペットボトルを入れ直し、湧き水を汲みに出た。
湧き水は、相変わらず木の根から溢れている。
――こいつは枯れる気が全くなさそうだな
変わらずにそこにあることが、単純に嬉しかった。
自分の命を助けてくれ、今は少女二人の命も助けようとしている。
切ったのは自分なのだが、改めて感謝する。
――じゃ、また明日
心の中で木の根に挨拶して洞窟へ戻った。
電池式ランタンの明かりをつけて、食事の支度に取りかかる。
今日は、お客が二人いる。
二人ともまだ寝ているが、起きてから支度をするのも大変なので、パスタだけ3人分茹でておく。
普段パスタは茹でたらすぐに使いがちだが、茹でたあとオリーブオイルなど油分を絡ませて、1時間以上放置してから食べるのも美味しかったりする。
イタリア人には理解できない食べ方だが、うどんに慣れ親しんだ日本人は結構、気に入る食感だったりする。
普段は腹が減ってから作る訳で、わざわざ1時間も放置してから作るなんてことはないが、今日は起きたらすぐに話を聞きたいから、それでもいいかなと思う。
目覚めたら大事にとっておいたミートソースの缶を温めてかけるつもりだ。
♣
パスタを茹で終わってから、30分ほど経過した。
湧き水のタオルを替えている最中に、ナイフを持っていた女の子が目を覚ました。
戸惑ったように周囲を見回したあと、はっとした様子で隣に寝ている女の子の頬に手を当てた。
心配そうに呼吸や傷口などを確認した後、ただ眠っているだけだと理解したらしく、少し表情をゆるめて、おずおずと話しかけてきた。
「bbfs@buk・・」
何を言ってるかさっぱり分からない。
通じないとは分かっているが、一応聞いてみる。
「えっと・・身体の調子はどう?もう大丈夫?」
やはり全く通じていないようで、不安げな視線を向けてくる。
そこで女の子の腕の傷を指さしながら、指でO.Kサインを出してみた。
何となく、身体の心配をしているのが伝わったらしく、女の子は小さくうなずきながら
「3uqt@qr:wh;qk?・・3lt@s4・・・」
と少しはにかんだ様子で言ってきた。
女の子の様子から、こちらに敵意が無いことは理解してくれたようだったので、まずは自己紹介してみることにした。
「あ、えーと、俺は
女の子は明らかに怪訝な表情を浮かべている。
今度は自分を、指差しながら
「く・ろ・と」
とだけ言い、次に少女を指さして、顔の表情だけで名前を聞いてみた。
女の子は少し納得した様子で
「るー・じゅ」
とだけ答えた。
聞き取れた。
嬉しくて自分を指さし「く・ろ・と」、女の子を指さし「るー・じゅ」と何回も繰り返した。
女の子もそれが名前を意味していて、分かった事が嬉しいと思っていることが伝わったのだろう。
同じように、自分を指さして「るー・じゅ」、こちらを指さし「く・ろ・ど」と言っていた。
多少、修正したい気持ちはあったが、今は通じた喜びだけが、全てを上回っていた。
その後、洞窟の中にあるものを指さして、名前を一つずつ聞いていった。
「るーじゅ」と名乗るその女の子は、意味を察したのか、次々に名前を答えていく。
中には、見たことがないものもあったのだろうか。
首をひねりながら、答える場面もあったが、おおむね名前を把握することが出来た。
把握といっても、全てヒカリがデータ化しているだけで、自分が分かっている訳では無かったが。
その後、ヒカリにあれこれ聞いてくれと言われ、指をさして聞いてみたり、よく分からない言葉をしゃべらされたりしたが、それに対して答えが返ってきていたので、言語を把握しつつあるのかなと思った。
それから30分ほど経過したとき
『言語を90%まで把握することが出ました。耳と喉を翻訳出来るように作り替えます』
と通信がきた。
「え、なに? 作り替えるってなに?」
『ちゃんとは説明していませんでしたが、目に入っているような機能です。こういう事も想定しておいて良かったです』
そう通信がきたと思ったら、ものすごい吐き気と、耳鳴り、喉が詰まった感じがしてきた。
――息が出来ない・・・・
なにこれ・・やばい、これ死ぬかも・・・。
『申し訳ありません。あと8秒の我慢です』
――8秒も無理・・・もう死にそう・・・
気が遠くなってきて、いよいよダメかと思ったところで
「うっ! ぷはぁぁぁぁぁぁーっ・・・・ハァ・・ハァ・・あれ・・・なおった?」
急に苦しみ始めたからか、「るーじゅ」が怯えた目でこちらを見ていた。
「大丈夫?」
――!!!言葉が・・・
『耳と喉の機能を一部作り替えて、新しい言語をそのまま使えるように調整しました』
――作り替えって・・・それ普通なの?・・・なんか人間じゃない感じで不安なんですけど・・・
考えても、どうせやられちゃう訳だし、もう今更か・・文句言っても・・・仕方ないか・・・。
「ごめん、大丈夫・・・君こそ体調はもう大丈夫なの?」
心配そうに見つめる少女に言葉を返す。
「ええ、おかげさまで。助けて貰ったことまずは感謝するわ」
今は言葉が通じたことを、ただ喜ぶことにした。
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