Episode12 「和の街」
世界の中心 アンジュがある地点より南東にある廃村。プロスというその村の広場で、グレーのローブとフードに身を包んだ一人の男が天を仰ぐように両腕を広げて空を見上げた。
「神に所望した依頼、確かに達成した。今後、主らの前にはあの者達は姿を現さないであろう。」
その男を敬うかのように膝をついて両手を合わせて祈る老夫婦に対して、コイン数枚が入った小袋を渡した。
「多少だが、生活の足しにはなるだろう。さあ行け。」
老夫婦は立ち去ると、背後の茂みから、全身が砂埃で汚れ無精髭を生やした無造作ヘアーの男が斧を手にローブの男を睨みつけた。
「てめえのせいで……俺の家族が……!!許さねえ!!」
振り下ろされた斧をローブの男はいとも簡単に受け止め、掴んだ斧の柄を折ってみせた。
「哀れな男よ。お前の家族を殺したのは私にとっては必要経費だった。……悔やむことはない。お前も、すぐに後を追うことになる。」
ローブの男は、斧の男の胸に手を当てる。すると、その手から白銀の閃光が生まれ、男を遠方まで吹き飛ばした。
「フッ。家族のために仇討ちか。……家族と言えば、彼ももうすぐ私の元に現れるかな。」
男は口を曲げて卑しく笑い、一つのドックタグを取り出した。
「楽しみにしているぞ。……シュウ。」
「シュウ。」
早朝からグロウの隊長室に呼ばれたシュウは、深紅のテーブルに肘を乗せて椅子に寄りかかっているエレンと対面していた。
「君に以前、話した任務を実行してほしい。」
「どこに行くんだっけ?」
「ここから南東にあるプリュスという街だ。一応、グロウの管轄外なんだけど、そこの町民がハワードの下に入るのが嫌らしくて、ずっとグロウによる保護を拒否されているんだ。そこで君にはグロウであることを隠し、その街の偵察に行ってきてほしい。」
「そんなの俺じゃなくても、できるんじゃないの?」
「今、他の隊員は出払っていて頼めるのは君達しかいない。」
「君〝達〟……?」
シュウがエレンの言葉に疑問を持っていると、後ろの扉が開く音がした。
視線を少しだけ後ろに向けると、ヨウが黒のローブに身を包んで立っていた。
「パートナーとしてヨウを連れていくといい。彼にはコンダクターを持たせておくから、何かあったら連絡要因として使ってくれ。」
エレンはシュウにヨウが着用しているローブと同じものを渡し、シュウはグロウの制服の上からそれを羽織った。
「共に頑張ろう。」
隊長室の扉付近で寄りかかっているヨウがシュウに握手を求めてくるも、シュウはそれを無視して隊長室を出た。
プリュスという街へ向かう馬車の中で、シュウは軍服の内側に収納してある数個のドックタグを手に取って見つめた。
「それは?」
正面に座っているヨウが、シュウの持つ銀色のドックタグを見てふと質問した。
「前の世界にいた頃に仲間が持っていたモノだ。色々あって今は俺が持ってる。」
「……なるほど。ならそれは君が前の世界から唯一持ってこれた思い出の品ということか。」
「思い出かどうかは微妙だけどね……。」
そんな会話をしていると、馬車はあっという間にプリュスの手前まで到着し、シュウとヨウはグロウであることがバレないように街の入り口で降りることにした。
「聞いてなかったんだけど、偵察って具体的にどういうことをすればいいの?」
「街をただ見回るだけ。下手な動きをするのは避けたいし、この場合は二手に別れて散策するのがいいかな。」
ヨウがそう言うと、シュウはプリュスへと足を踏み入れていった。
「あんま遠くに行くと、助けに行けないから気をつけなよ。」
シュウが歩きながら手を振り、ヨウは彼が曲がり角へ右折するのを確認して、軍服の懐からコンダクターを取り出した。
「……こちらヨウ。No.8は予定通りプリュスへと到着。……ええ。引き続き監視を続けます。」
まるで京都を意識したかのようなプリュスの街並みはシュウの心を多少だが安心させた。
町民はシュウを避け、誰もシュウとは目を合わせずに彼の横を通っていった。
(この調子じゃ、偵察もすぐに終わりそうだな。)
シュウは通りを抜けて辿り着いた場所は寂れた道場のようなところだった。人気はなさそうだが、念のためにシュウはその場所も調査することにした。
(稽古場か……?)
屋内には使い古した道具が壁に立てかけられ、床には様々な傷がついていた。
「なにか用かい?」
シュウは横からしたその声に反応して振り向くと、白の道着に赤の袴を着用した銀髪のいかにも優しそうな男が、灰色の柄と鞘、黒の鍔で構成された刀を帯刀してシュウに微笑みかけた。
「アンタ……もしかして転移者……?」
「……どうしてそう思う?」
シュウは彼から発せられるオーラがブラストと似ていたため、直感で彼が転移者だと確信していた。
「前に戦った転移者と雰囲気が似てるから。それに、ここは転移者が隠れるにはうってつけだし。」
明らかに人が住んでいなさそうに見える道場をもう一度見て、再度視線を戻した。
「なら君は、僕と戦うのかい?」
「ホントならやりたいとこだけど、今日は制約付きだからやるわけにもいかない。また今度相手してあげるよ。」
男はシュウの懐から微かに見えたドックタグを見て、彼に駆け寄り引き止めた。
「ちょっと待ってくれ。その銀色の認識票……。」
「なに?」
「それに似たモノを見たことがある。隣村のプロスで……。」
その事実を聞いたシュウは男の襟元を掴み、鋭い目付きで彼を睨みつけた。
「それは本当か!?」
「一度チラッと見ただけだから、ホントに認識票かどうかはわかんないけど……!」
シュウは掴んだ手を離し、振り返って道場を飛び出し、行きに乗ってきた馬車まで全力で走った。
荷台からDSR-1に酷似した漆黒の大型スナイパーライフル 〝シヴァ〟をケースから引きずりだして、背中に装着した。
(あいつの話が本当なら、ヤツもこの世界に……!?)
シュウの後を追って走ってきていた男は息を切らせながら、道着の袖で汗を拭った。
「そのプロスって村はどこにあるの?」
「待ってくれ!もしプロスに行くつもりなら、やめた方がいい。あの村は前は平凡で穏やかな村だったが、数週間ほど前に雰囲気が一気に変わった。謎の救世主とやらのせいでね……。」
「で、その救世主が転移者じゃないかとアンタも疑ってるわけだ。」
核心を突かれた男は息を呑んで、不意に笑った。
「……どうしても行くと言うなら、僕も行こう。」
「別に平気だよ。場所さえ教えてくれれば。」
「いや、実は僕も気になってはいたんだが、何かと臆病でね。これを機にプロスに行くのも悪くない。」
「……ふーん。じゃあ、行こうよ。」
シュウはフォンスのマガジンに装填されている弾丸を確認し、再度装填した。
「その前に名前くらい名乗っておこう。僕はツバキ。よろしくね。」
「……シュウ。よろしく。」
自己紹介していると、ヨウがいつの間にか駆けつけていた。
「シュウ、一体どうしたんだ?君が走っているのが見えて、こっちまで来たんだが……。」
「丁度いいや。アンタはコンダクターでエレンに連絡しといて。俺達はこれからプロスって村に行くから。」
「……止めても聞かなそうだね。なら隊長に連絡して、一人でアンジュまで戻るとしよう。」
ヨウは荷台に乗り、御者に声をかけて馬車を走らせた。
「行こっか。そのプロスに。」
荷台で壁にもたれ掛かっているヨウはコンダクターを取り出して、連絡を開始した。
「……こちらヨウ。No.8は予定を変更し、プロスへ。帰還のため監視は続行不能。次の指示を。」
コンダクターで連絡している相手は小声で何を言っているかわからず、ヨウはその指令を聞いて不敵に笑った。
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