Episode9 「風の刃」

広大な草原を走る一台の馬車。その荷台の椅子にユウスケとシスティが座っていた。

「この馬車の行き先って……。」

「水の都市 オーヴィルです。かつてクラーク家という貴族がその地を治めていましたが、今はどうなっているのか……。」

「じゃあその都市に行く目的は、そのクラークに会いに行くこと……?」

「そうです。既に危ない現状にある私たちにとって、一番に優先すべき行動は交流があった貴族に会って援助してもらうこと。そうすればルースターの復興も夢ではありません。」

舗装されていない道のせいで車内が揺れ、ユウスケは手すりに掴まって体を安定させる。

「そろそろ着きそうですね。」

ユウスケの目に飛び込んできたのは装飾の凝った立派な噴水と建造物だった。その周りにはデンマークのコペンハーゲンのような街並みが続き、微かにだが遠くには港らしき場所も見え、ユウスケは思わず窓から身を乗り出した。

「では……。」

急停止した馬車からシスティが突然降りて荷台の扉を閉めた。

「どこ行くんだ!?」

「ここから歩いた方がクラークの屋敷に近いですから。それに私がいなくとも、その服を着ているだけで周りが助けてくれます。クラークとの話が終わりましたら、お迎えに上がりますので、それまでオーヴィルの観光でも。」

「……じゃあ、そうしとくよ。」

渋々、了承したユウスケにシスティは微笑んで立ち去った。

ユウスケ一人を乗せて発車した馬車はオーヴィルの街道を抜け、広場らしき街の中心に到着した。

「……これで。」

ユウスケは御者にシスティからもらった金銭を入れた袋から紙幣を3つと金色のコインを5つ取って渡した。

(とりあえず、どこに行こうかな……。)

まず目に映ったのはデンマーク国立博物館に似た造りをした建物。システィからは地図など一切渡されてなかったので、行く宛のなかったユウスケはその建物に向かうことにした。

(この街に転移者がいるなら迂闊な行動はできない。しばらく、ここで身を潜めてみるかな。)

その建物に向かう途中、突然横から声をかけられた。

「こんなところに貴族様がいるなんて珍しいわね。」

白衣を着た銀髪ツインテールの小柄な少女が塀に座って、ユウスケを見下ろしていた。

少女は塀から飛び降りるとつま先から器用に着地し、手を後ろで組んでユウスケの顔をまじまじと見つめた。

「ふーん……。見たことない顔ねぇ……。」

「あ、あなたは……?」

「ねえ!そのバッジってルースター家の紋章でしょ!?なんで君が持ってるの?」

少女はまるでユウスケの話を聞いておらず、ユウスケは少女の質問に圧倒されて追い詰められていく。

「ちょ、ちょっと待ってくれないか……!あなたは一体……。」

「ん?ああ、ごめんね。貴族様が珍しくてつい問い詰めちゃったわ。」

少女は白衣の内側ポケットから高波を象ったブロンズのバッジを摘んでユウスケに見せた。

「ルースターの人ならわかるでしょ?」

少女はさも当然のように問いかけてくるが、ユウスケにはそのバッジが何を意味しているのか何一つわからず言葉が詰まってしまう。

「……ニセモノ?」

「い、いや!違うんだ!俺、最近ルースター家の当主になってさ!信じられないかもしれないけど、ホントなんだ!」

必死に弁解したユウスケだが、少女は半信半疑で表情もパッとしない。

「うーん……。まあ、いいわ。ニセモノだったらその時に対処すればいいし。」

何とか納得してくれた様子を見せた少女を見て、ユウスケは胸を撫で下ろした。

「それはそうと、どっかに行くつもりだったの?もしかして、あの博物館とか!?」

「アレって博物館だったんだ……。」

「案内したげる。ついてきて!」

少女に手を引っ張られて半ば強引に博物館の中へと入館させられた。

「クラーク館長!まったく、どこに行っていたのですか!」

職員と思わしき人物が少女に近づいて、ため息交じりに話しかけた。

「ごめんねー!けど、面白そうな人見つけてきたから。」

「では仕事の方、お願いしますね。」

「うんうん。」

少女は手を振って去っていく職員を見送り、またユウスケの手を握った。

「クラークって……。あなたがあのクラーク家の人なのか?」

「そうよ。やっぱり何もわかってなかったのね。」

システィが言っていたクラーク家の関係者だと思わしき少女に手を引かれて、ユウスケは館内の展示物を見て回った。

「そういえば俺の仲間がクラークの屋敷に向かったはずなんだ。何か知らないか?」

「まだ何も連絡はないわねぇ。本当に屋敷の方に行ったの?」

「たぶん……。まさかディユに……。」

「そこまで心配なら行ってみる?」

心配するユウスケを見て少女はクラークの屋敷へと案内することにし、裏口から博物館を出て屋敷があるであろう方角へと歩み始めた。

「この裏道から行けば早いわ。」

少女が足を踏み出そうとした瞬間、ユウスケは勘で何かが襲ってくると直感して少女を横に突き飛ばした。

「いったぁ~……。なに?」

「お前ら……!」

ユウスケの前に現れたのは以前にも遭遇したディユの刺客だった。その刺客の中には前にシスティが見逃した者も含まれており、形状がFN FALに似たLEC-5 別名〝アルマージ〟を手にユウスケに歩み寄ってくる。

「今回はあの厄介な女はいないようだな。貴様は転移者だと聞いているが、このディユ精鋭部隊の前では簡単にはいかないだろう。」

(転移者……!?)

アルマージを構える刺客達を前にユウスケは少女を逃がすことだけを考えて、指輪型ナイフ 〝グランディール〟を展開させた。

刺客との間合いを詰めてナイフを振り回すユウスケに刺客も翻弄されて、アルマージを構えることができない。

「うおおッ!!!」

刺客にナイフを振り下ろし、そのナイフをアルマージの銃身で受け止める。

しかし、その背後からもう一人の刺客がユウスケの後頭部を銃身で殴って、ユウスケは地面へと倒れた。

「転移者といえどもこの程度か。」

うつ伏せで倒れるユウスケは刺客の足の隙間から刺客達が少女にアルマージの銃口を向けているのが見えた。

既に追い詰められ、トリガーに指をかける寸前の刺客を前にユウスケは立ち上がろうとするも刺客がユウスケの背中を足で踏んで押さえつけた。

「貴様のせいで何も知らん奴が死ぬ。死後に後悔するんだな!!」

「ぐっ……!やめろォォ!!!」

絶対絶命のピンチを前にユウスケの瞳が紅く光って体全体から衝撃波が発せられた。その衝撃波のせいで刺客達は吹き飛ばされ、ユウスケも力を失ったように地面に突っ伏した。

「中々やるじゃないか……。さすが転移者と言うことか……!!」

それでも尚、立ち上がる刺客達はユウスケに近づいてくるが、その前にあの少女が立ち塞がった。

「貴様……!どけ!!」

「悪いけど、この子は私がもらうから。」

白衣の内側から銀色のダガー 〝ヴァン〟を二刀取り出して横に薙ぎ払った。刺客達はそれによって起こされた風圧によって吹き飛ばされ、少女はヴァンを二刀とも刺客達に向けて投げ飛ばした。

「な、なんだ!?」

ヴァンは回転して竜巻を作り、刺客達は竜巻によって突き上げられて遥か彼方へと吹き飛んだ。ヴァンはブーメランのように少女の元へと戻り、ヴァンを取って白衣の内側に収納した。

「一体……何が……!」

「だいじょーぶ?」

少女はユウスケに手を差し伸べ、ユウスケはその手を掴んで立ち上がった。

「あなたは何なんだ……?」

「キミ、転移者なの?さっきはスゴかったけど、今はそうでもなさそうだなぁ。」

ユウスケは先程の謎の力のせいで全身はボロボロとなってしまい、少女に支えられて何とか歩いた。

「実はね。……私も転移者なの。」

「なに!?」

その事実にユウスケは距離をとろうとするが、全身の痛みから離れることができない。

「本名はフウカ。フウカ・クラーク。……ヨロシクね。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る