Episode3 「紅のサムライ」

ベイカーが衛兵の男に連れられて到着した場所は椅子が二つだけある取り調べ室のような部屋だった。

「何の用じゃ...。」

椅子に座ったベイカーは、部屋の奥の扉が開くのが見えた。そこから肥満体できのこ頭、紺色のタキシードを着た男と、黒のロングコートとマフラーをした長身の目付きの悪い男がそれぞれ入ってきた。肥満体の男は椅子に座ると、微笑んで会釈をした。

「ディユか...。」

「どうも、ルースター当主。私の名はアーロ。その発言通り、ディユです。」

アーロはタキシードの内側から1枚の誓約書を取り出して、ベイカーに手渡した。

「そして本題ですが、ルースターの名を売って頂きたい。」

「名だと...!?」

「現在、ルースター家は名誉や金銭的にも窮地に追いやられているはずです。そこで我々がそのルースターの名を買い取り、対等な報酬を与えてやろうというわけです。悪い話ではないはず...。」

「フン。ルースターはわしが継いだ由緒ある名家。先人達が積み重ねてきた歴史の詰まったこの名を、みすみす他人に売るわけにはいかん...!」

「殊勝な心掛けは結構ですが、それでは何の解決にもならない。このままではルースター家は落ちぶれ、あなたが路頭を彷徨うのも時間の問題なんですよ?」

アーロはペンを渡しかけるが、ベイカーはそれを手で払ってペンは床へと落ちた。

「ディユだからと言って、誰でも頷くと思わないことじゃな。」

ベイカーは誓約書を握り潰し、アーロに向かって投げ飛ばした。

「人が下手に出てやれば調子に乗りやがって...。ブラスト、やれ。」

ブラストに場を任せてアーロは扉の前まで下がった。ベイカーの首を瞬時に掴み、持ち上げると部屋の隅まで投げ飛ばした。

「月日が経てば、嫌でも私の要求に応じることになる。おい、後は奴隷を回収して帰るぞ。」

アーロは部屋から退散し、ベイカーは咳き込んで息を荒らげる。


「ベイカーさん、遅いな。」

ユウスケは一人寂しく待っているシスティに気をかけて話しかけると、システィは微笑んでくれた。

「たぶん家のことで話しているんだと思います。もう、ルースター家にはお金や名声もないので...。」

「その話し相手って言うのが、さっき話そうとしていたディユとかいう?」

「ディユはこの世界の頂点に君臨する王族のことです。遥か彼方の上空に城を構え、この地を見下ろしている闇の王。それがディユです。」

「じゃあベイカーさんは、その家の名を売ろうと...!?」

「いえ、旦那様はそんなこと絶対にしません。あの方は、ルースターの名の重さを理解していますから。」

話している最中、天井の扉が開かれて誰かが牢に落下してきた。

「もう少しお手柔らかにやってほしいなぁ。」

扉が閉められ、再び薄暗くなった牢でその男は周囲を確認してユウスケとシスティがいることを認識した。

「あれ?なんだ、もう先客がいたの。」

ユウスケはその男の姿を見て、彼がこの世界の人間ではないことがわかった。

「もしかして、転移者...!?」

男の姿は白の道着に赤の袴という明らかに日本人だとわかる服装だった。男はユウスケの体を見てから、納得したように微笑んだ。

「ってことは君もか...。そちらのお嬢さんは違うようだね。」

「あなたは...?」

「僕はツバキ。君の言う通り、あっちの世界からきた転移者だよ。」

白銀の髪色のツバキにユウスケとシスティは自己紹介をして、ツバキの手を縛ってある縄を解いた。

「君たちはどうしてここに?」

「俺は転移してきた直後に気絶させられて、気づいたらここに。」

「私は仕えている旦那様と一緒にここへ連れてこられました。」

内情を知ったツバキは納得した表情で頷いた。

「君の旦那様という人は、もしかしてルースターの当主 ベイカーじゃないか?そこで偶然、ディユと会話しているのが耳に入ってね。確かルースターの名は渡さないとか話していたけど...。」

「よかった...!やっぱり、旦那様はルースターのことを...!」

「君はどうして?」

安堵するシスティを見て、途切れた会話に話を挟んだ。

「僕は昼寝をしていたら、いつの間にか連行されていてね。持っていた武器も没収されて、どうしようかと思ってたけど、君たちがいるなら脱走も夢じゃない。どうだい?皆で力を合わせて、ここから逃げないか?」


舞台の裏方のような場所へと連れてこられたシュウは、その先にある観音開きの扉へと案内された。

「ここだ。」

エレンが開けた扉の先には、赤と黒のコントラストで装飾された軍服のような服と黒と白の軍帽を被った茶髪の男が机の上に座っていた。

「やあ、チェスター。」

「隊長...。遅いですよ。」

チェスターは机から降りると、バッジのようなものをエレンに投げ渡した。

「いつもそれ忘れんのやめてください。隊長の威厳がなくなりますよ。」

エレンはバッジを胸元につけると、扉の前にいるシュウを紹介する。

「出発前に話した新戦力だ。俺の考えでは、〝転移者〟だと思っている。」

「また転移者ですか...。これ以上、問題児は抱えられませんよ。」

「問題児って、俺のこと?」

前に出てきたシュウはチェスターを睨みつける。

「お前以外に誰がいる。森を消し飛ばしたらしいが、力を持っているだけで強者とは限らない。その力をコントロールできなければ、ただの問題児だ。」

「ならやる?俺とアンタ、どっちが強いか。」

殺気を放つシュウだが、エレンが静止する。

「チェスターと戦うのは待ってもらいたい。君を連れてきたのはグロウの隊員として戦ってほしいからだ。チェスターも、その挑発はあまりいい言動とは言えないな。」

「...うい。」

「シュウ。ちょっと来てくれるかな。」

部屋を出てエレンは外の馬車の荷台からシュウが使用していたライフルを返した。

「早速だけど、この場所に行ってくれるかな。」

続けて渡した紙切れには手書きの地図が載っており、シュウはため息をついて軽く頷いた。


シュウはその地図の通りに街を歩き、到着した場所は寂れた酒場だった。

「君か。僕のパートナーっていうのは。」

扉の付近にもたれかかっている青年は茶色のハットを被り、服装はチェスターが着ていた軍服と同じだった。青年はシュウに近づいて握手を求めるが、シュウは鼻を鳴らして断る。

「僕はヨウ。君と同じグロウの新人隊員で、パートナーだ。」

「パートナー?」

「これからこの酒場にいる一人の男を追跡して捕まえる。それが僕達の最初の任務らしい。」

「へぇー。」

シュウは内心、面倒だと思いつつも酒場の扉を開けた。カウンターにはその標的らしき人物が後ろ向きで座っており、グラスで酒を煽っていた。

「あいつか。」

「まずは行動を見てから...。」

ヨウが入ろうとするのをシュウはとっさに阻止するが、偶然にも犯人は振り返ってヨウの姿を見てしまう。犯人はヨウを見た途端に慌て出し、カウンターを飛び越えて裏口から逃げ出した。

「まったく...。」

シュウもカウンターを飛び越えて裏口へと入った。裏口を出ると、犯人は街の表通りを全速力で走って逃げていた。シュウは犯人を追いかけ、街角を曲がると大型で豪華な装飾で施されたホテルのような店が目の前に飛び込んできた。

追い詰めたシュウだが、突然人混みに襲われ、それを利用して犯人はホテルの中へと逃げ込んだ。

「やば...!!」

シュウは人混みを掻き分けてホテルの中へ入るも、犯人の姿はなく金銀の装飾豊かなフロントが目の前にはあった。

「ここに逃げたのか?」

追いついたヨウは息切れをしてシュウに聞く。

「ねえ、アンタさ。その軍服のまま入ろうとしたでしょ?そんなのバレるに決まってるじゃん。」

愛想のない言い方で説教するシュウに、ヨウは気に食わない顔をするも頷いた。

「...すまない。だがここに逃げたとなれば、一筋縄ではいかないぞ。」

「そんなの虱潰しにやるしかない。おそらく、この人混みのせいでフロントの人は見てないだろうし。」

「悪いが、ここはそんなことはできない。ここのホテルは一流の名家や王族の常連の場所。虱潰しにやるには、それなりの手続きが必要なんだ。」

「なんかめんどくさいね。」

シュウはフロントの待ち合いに設置にしてあるソファに座り、ヨウは腕時計のような機械 コンタクターに声を発して連絡する。

「〝エイジ〟。こちらヨウ。オールに犯人が逃げ込んだ。捜索許可を頂きたい。」

「了解しました。5分経過してから捜査を開始して下さい。それから隊員をそちらへ派遣し、出入り口を固めてもらうよう指示しておきます。」

「了解。」

シュウはコンタクターでやり取りしていたヨウを見て質問をする。

「それで連絡してたの誰?エイジとか言ってたけど。」

「ああ。エイジはグロウの情報を管理している奴のこと。表にはあんまり顔を出さないから謎が多いが、噂ではあの〝転移者〟の一人とか言われてるけど定かじゃない。このコンタクターやこの〝ECシリーズ〟と命名された武器を作ったのもエイジらしい。」

ヨウはガンベルトのホルスターに装備しているM92Fに似た黒い銃を取り出す。

(じゃああのライフルもエイジが作った銃。転移者なら銃や通信機器を知っていてもおかしくはないけど、まさか作れるほどの技術力があるなんて...。)

エイジのことを考察するシュウにヨウが声をかける。

「5分経過した。そろそろ行こう。」

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