Episode2 「転移者」

アンジュ刑務所

薄暗く、冷たい鉄の檻が遮る独房にシュウは監禁されていた。

(まったく...。これからどうする...。)

とりあえず刑務官から盗んだ鍵で脱出するという手もアリだが、それではただの指名手配犯になってしまうと考えてシュウは実行をやめた。

(このままだと先に願いを叶えられてしまう。この際、追われながらでもやるしかないか...。)

鍵を南京錠に差し込もうとするシュウ。しかし、奥から微かに聞こえてくる人の声を聞いて、シュウは解錠を一旦止める。

「よろしいのですか?先程、収監した犯人は森林を一撃で破壊するほどの実力者ですよ。」

研ぎ澄まされたシュウの耳には彼らの声が届き、刑務官の声ともう一人の男の声が聞こえた。

「俺の手に余るとでも?」

「い、いえ!とんでもない!」

そんな会話をしている間に、彼らはシュウのいる独房まで歩いてきていた。

「囚人番号 246番!...面会人だ。」

そう言うと刑務官は立ち去り、シュウの目の前には高身長で茶色の短髪、黒のロングコートとブーツを着用した如何にも優男風の顔つきをした男がいた。

「初めまして。俺の名前はエレン。君は?」

「...シュウ。」

無愛想な顔と声で返事をするが、そんなことには気にも止めずに話を進める。

「ここから北東にある森を消し飛ばしたそうだね?」

「だから?」

「このままいけば、君は懲役300年の刑。下手をすれば死刑かもしれない。...そこでだ。」

エレンはコートの裏側から書類を出してシュウに手渡す。

「君をここから出す代わりに、我々の部隊に入らないか?」

シュウは流し読みで見通し、その書類を無造作に捨てる。

「いるんだよね、こういうのが。俺を組織とか軍隊に入れたい奴ら。まあ、傭兵としてならいいけど?」

「いや、俺は君を正式に入隊させたい。...どうだろう?このままだと、君にはどうせ死ぬしか道はない。それならば部隊に入り、優雅な人生を送るのも悪くはないんじゃないか?」

シュウは顎に手を充ててしばらく考えた。捨てた書類をもう一度拾い上げて読むと、目を閉じて決心したように再度、目を開いた。

「...やるよ。確かにここにいても、アンタの言う通り死ぬだけだね。それに、そっちにいれば何かと俺の思い通りになりそうだし。」

「話が早くて助かるよ。じゃあ、ここから出さないとな。」

エレンはガンベルトに装着してあったピッキング道具を一つ摘んで、鍵穴に差し込んで開けた。シュウは檻から体を出すとエレンが檻の扉を閉めた。

「さて行こうか。...あぁ、その前に君が盗んだここの鍵をもらおうか。」


シュウは刑務所から出ると、目の前に馬車が止まっていた。エレンはワゴン型の馬車の荷台に足をかけ、荷物が入っている中へと入っていった。

「さあ。」

シュウも荷台へと入り、エレンは御者に合図をして馬車を走らせた。馬車はしばらく道を緩やかに走り、シュウはその心地よい揺れ具合によって眠気に襲われそうになるが、我慢してエレンに愛想悪く質問をした。

「どこ行くの?」

「中心街だ。正確には、俺達の本部だな。」

「ふーん...。僕の武器は?」

辺りを見渡すが、この世界に来た時に使ったライフルが見当たらない。

「ちゃんとにある。荷物に埋もれててわからないけど。」

聞きたかったことを聞き終えたシュウは、その本部に着くまで寝ようとするが、突如として止まった馬車に眠気が覚める。

「着いたか...。」

馬車が止まった場所は城壁と思われる壁に扉がひとつだけ設置してあった。

「裏口から入ったほうがいい。さあ。」

荷台から降りたエレンはシュウに手を差し伸べるが、シュウはそれを無視して扉の前に立った。

「行こう。」


薄暗く狭い部屋の片隅に縛られているユウスケは目を覚ます。顔を上げたユウスケの耳に、震えた老人らしき声が聞こえてきた。

「気がついたか...。」

暗闇に隠れていた小柄な老人は、傍らにいた栗色のロングヘアに汚れたメイド服を着用した女性に指示してユウスケの手首を縛っている縄を解かせる。

「一体ここは...。」

「ディユの売買所じゃ。お主も不運じゃの...。」

「ディユ...?」

なんの事か理解していないユウスケに、老人と女性も困惑したような表情となる。

「知らんのか?まさかそんなことが...。まさかお主、〝転移者〟か...!?」

「...たぶん。」

「転移者ならば、味方につければ百人力では?そうすればここを安易に脱走できます。」

「そうじゃが...。」

老人の耳元で話す女性だが、老人は中々納得しない。

「お主、本当に転移者か?そのような気迫は感じられんが...。」

「ですが嘘をついているようにも思えません。ディユに捕らわれたと聞いて、混乱しない者はおりませんから...。」

どうやら渋々、納得した様子の老人は咳をしてから話し始める。

「わしの名はベイカー、隣はシスティ。わしらはルースターという貴族の者で、とある理由でここに捕まっていてな。どうにか脱走できないかと考えておるところに、お主が来たんじゃ。」

「そのディユとか、転移者ってなんですか?俺、この世界に来たばかりで何もわからなくて...。」

「そうじゃろうな。転移者というのは、お主のように別の世界から来た者のこと。この世界にはお主を含めて数人はおる。どれも気迫に溢れ、凄腕の持ち主じゃった...。」

(あのシュウとかいう少年もその転移者だろう...。数人いるってことは、あの強さの持ち主が複数いるのか...。)

少し顔をしかめるユウスケを見て、ベイカーは顔を覗き込む。

「どうした?」

「いえ、それとディユですが...。」

「ああ、それはな...。」

言いかけるベイカーは、天井の扉が開いたのに気付いて話をやめる。開いた扉からイギリスの衛兵が着るような服を着用した男がベイカーを呼んだ。

「また後で話そう。わしはちょっと行ってくる。」


町外れの酒場。そのテーブルの椅子に座る銀髪のツインテールで白衣を着た小柄な少女と、西部劇のガンマンのような格好をした長身の男。しばらく沈黙を貫いていた二人だが、とっさに少女のほうが口を開いた。

「いつまでだんまりしてるの?」

男はグラスを持ち、一気に酒を飲み干す。

「俺には話すことはない。さっさと用件を話せ、フウカ。」

「はいはい。」

フウカは男に白黒の写真を見せた。

「これは...。」

「アンジュ郊外の森が一瞬にして消し飛んだ跡。これ見て、何か思わない?」

「俺たちと同じ〝転移者〟がまた現れたと?」

「たぶん、こんな威力を持つ武器は〝特典アイテム〟の他にない。まーた、敵が増えちゃった。」

「そうなれば話が早い。」

男は椅子から立ち上がり、フウカを上から見下げる。

「俺がそいつを消す。」

男は扉に手をかける直前にフウカが口を挟む。

「私と一緒にやろうよ!ねぇ、ソウジ!」

言い終える前にソウジは出ていき、酒場にはフウカだけが取り残された。

「つれないなぁ...。」

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