異世界に居続けたい最強戦士と帰りたい凡人

鍋田 リューマ

Episode1 「最悪のDestiny」

東京都 星空町


「星空町の高層ビルにて籠城事件発生……。至急、現場へ急行せよ……。」


トタンの壁が貼られた部屋のハンモックに寝そべる黒髪の少年は無線機から流れる呼び出しで目を覚ます。それと同時にスマートフォンの着信が鳴り、ハンモックから体を起こしてスマートフォンを取った。


「……なんスか?」


「無線は聞いただろう。四丁目のビルで犯人が籠城している。お前も来い。」


「なんで俺が……?」


「爆弾が設置されている。爆発物処理班の到着が遅れそうだから、お前が来て解除してくれ。」


「――追加報酬もらいますよ。」


少年は黒のジャケットと紺色のシャツに、黒のジーンズに着替えて外に停めてあるバイクに跨る。




それから15分後、高層ビルには幾人かが立ちはだかっていた。


少年は警察車両などが無造作に停車している現場にバイクを停め、知り合いの刑事を目で捉えて歩いていく。


「浅沼さん……。」


少年が話しかけたのは黒のオールバックにスーツを着用した浅沼という刑事だった。


「秀シュウ。来てくれたか。」


「犯人の制圧はまだっスか?」


「残念ながらな。爆弾は犯人が持っている。解除するには犯人を取り押さえなきゃな。」


秀は封鎖されている高層ビルの入り口に無断で入っていく。


「お、おい!」


浅沼に止められるが、秀は気にもとめずに入っていった。


「状況は無線で伝えます。じゃ。」




「爆弾を置いて、大人しく降伏しろ!」


警察の特殊部隊が犯人に警告するが、目出し帽を被った犯人は拳銃で威嚇する。その様子を、柱の陰から新人の刑事が静かに観察していた。


「来るんじゃねえッ!! 俺の手で爆弾は起爆できる! これ以上近づいたらてめえらも死ぬぞ!」


部隊が戸惑っているところに、エレベーターで到着した秀は部隊の隊長に話しかけた。


「後は俺がやるわ。」


(誰だ? あの子は……。)


だいぶ小さいが、特殊部隊の服装と明らかに違ったので新人の刑事にも目立って見えた。


「ま、待て! 君は!?」


その時、隊長の無線機から浅沼の声が聞こえた。


「聞こえるか? 後はそいつにやらせろ。」


「な、なぜ!?」


「いいから見てろ。」


秀は無防備の状態で犯人に近づき、犯人は秀に銃口を向ける。


「来るんじゃねえって言ってんだろ!」


威嚇するように犯人は叫ぶが、秀は動じることなく歩み続ける。


「早く降伏してくんない? あと数分足らずで爆弾解除しなきゃいけないんだからさ。」


「て、てめぇー!!」


拳銃のトリガーが引かれる瞬間、秀の目にも止まらぬ速さの蹴りが拳銃を持つ手に炸裂した。床に落ちた拳銃を足の踵で後ろにどける。


「ま、まだだ! このスイッチを押せば、俺の後ろにある爆弾は吹き飛ぶ!」


「――やめときな。」


「忠告なんざ聞かねえ……! 死にやがれ!」


スイッチが押される瞬間、秀は懐から取り出したSIG SAUER P226の弾丸が犯人の手に直撃し、犯人はスイッチを落とした。秀は落とされたスイッチをすかさず取り上げると、後ろの特殊部隊の隊長に投げた。


「ここで死にたくなきゃ、さっさと降伏した方がいいんじゃない?」


犯人は頭を抱えて地面に倒れ、その先にあるアタッシュケースを広げた。


「解除するからそいつ連れて早く逃げて。」


秀の指示通りに隊長は犯人を連行して部隊を退却させた。柱の陰にいた新人の刑事も退散しようとするが、秀に止められる。


「その陰にいる刑事さんさー。爆弾解除手伝ってくんない?」


「お、俺が!?」




高層ビル 外


「浅沼さん。犯人を取り押さえ、部隊を退却させました。」


「よくやった。あとは秀に任せるしかないな……。」


「あの子は何者なんです?」


「傭兵だよ。警視庁が最近雇った。無愛想で反抗期だから俺の元に居させているが、実力は本物だ。」


「あの制圧は見事でした……。我々も、良い人材を獲得しましたね。」


浅沼は辺りをキョロキョロ見て何かを探している。


「なにか……?」


「――侑介がいない。」


「ユウスケ?」


「ああ。隣の夜空ヤクウ市から転勤してきた新人刑事でな。さっきまでここにいたんだが.....。」




「これか!?」


新人刑事の侑介は秀の指示通りに手伝いを行い、秀は爆弾解除を続ける。


「あとはその道具を取ってくんない?」


「ああ。――ところで。君は誰なんだ? あの制圧力に、手際のいい解除……。」


「世界最強の傭兵――らしい。って、ヤバ……。」


シュウは爆弾に搭載されていたある物を見た瞬間に手が止まった。無線機で浅沼に連絡を取り、現状を伝える。


「秀か!? そこに侑介っていう刑事がいるだろ!?」


「……ああ、そいつがどうかはわかんねえっスけど、刑事はいますよ。」


「やっぱりか……。それで、無線を繋げてきたのは何だ?」


「パスワードです。番号がわかんねえと手がつけらんないっス。」


「お得意の〝裏技〟は使えないのか?」


「入力しないと先に進めないし、下手にいじれば爆発します。」


浅沼は沈黙を経て、ため息をついてから声を出した。


「仕方ない。爆弾を放置して戻ってこい。」


「けど、ここに置いといたらビルが倒壊しますよ.....。」


「パスワードを知っていると思われる犯人も話せる状態じゃない。それに爆発物処理班が到着しても結果は同じだろう。」


「……わかったっス。」


秀は爆弾を奥に放置して、ビルから降りようとする。


「なにを!?」


「あの爆弾は俺じゃ解除できない。だから逃げる。」


道具を片付けている秀の胸ぐらを侑介は掴んだ。


「君は本気か!? この爆弾を解除しなければ、ビルは倒壊して被害が広がる! まだ何か手はあるはずだ!」


だが秀は服を掴むその手を払う。


「俺ができないんだから、できるわけないでしょ。浅沼さんからアンタも逃がせって言われてるから、早く行くよ。」


侑介は歯を食いしばって、悔いが残りながらも秀に付いていった。だがその時、例の爆弾から不穏な音が鳴って、段々と警告音が狭まってくる。


「なぜだ……! まだ時間はあるはず!」


「――あの犯人に共犯がいたってことかな。ちょっとマズいかもね。」




「フフフフ。どう足掻こうと、奴らは死ぬ……。」


ようやく意識が回復した犯人が、苦し紛れに呟いた。


「なに……? どういうことだ!?」


浅沼は犯人を持ち上げて尋問する。


「今頃奴らは絶望している頃だろうな。フフフフ。」


「――まさか!」




「これ、もう助かんない気がするわ。」


「一体どういう!?」


「今からエレベーターで降りたり、助けを呼んだとしても無理ってこと。あーあ、もうちょっと生きてみたかったんだけどね。」


秀は諦めて柱にもたれ掛かるが、侑介は諦めずに爆弾を解除しようとする。それをしばらく見た秀は考えがかわり、もってきたライフルケースからDSR-1を取り出して、床に設置にする。


「その爆弾。今から壊す窓の外に向かって全力で投げて。」


「……何をする気だ。」


「弾丸で破壊する。上手く遠方に投げられれば、被害を多少抑えられるから。」


「――方法は、それしかないんだな?」


「うん。とにかくやってよ。」


侑介は頷き、秀はSIGで窓ガラスを破壊した。秀が位置についた所を見て、侑介は爆弾が入ったアタッシュケースを持ち、破壊した窓ガラスの手前に立つ。


「いくぞ……!」


「どうぞ。」


侑介は力を振り絞り、持てる力の限りを尽くして遠方へと投げた。秀はスコープでアタッシュケースを狙おうとするが、スコープから覗いたアタッシュケースの消えていたスイッチに突然、赤色の光が灯って展開を予測した。


「――ヤベ。」


アタッシュケースは爆発して、その爆風に秀や侑介は巻き込まれた。高層ビルはその勢いで上階が爆破されてガラスの破片などが地上に降り注ぐ。




「ハッハッハッ!!! やった!!!」


奇怪に笑う犯人をよそに、浅沼や特殊部隊の面々はその爆破に絶句する。




「……ん?」


目覚めた秀がいたのは黒い空間だけが広がる何も無いところ。上下左右全てを見渡しても、他に見当たるものはない。空間を観察していると、隣で気絶していた侑介が目を覚まし、秀と同じように異変に気づく。


「俺は……確か……。」


「起きたの?」


侑介は秀に気づき、先程まで起こっていた事態を思い出した。


「そうだ! 君と共に爆弾を……!」


「アンタの飛ばし方はよかったけど、回避可能な地点で撃つ前に爆発した。たぶん近くで共犯が見てたんだろうね。」


「死んだのか……じゃあ――。」


秀は立ち上がり、空間を歩き始める。


「どこへ行くつもりだ?」


「そこら辺。」


しばらく歩いていると、突然真上に気配を感じてSIGをその方向へと向ける。


「だれ?」


「おおっと。撃たないでおくれよ?」


その何者かは姿は見えずに、声だけが空間に轟いた。秀はSIGを照準からズラして何者かに問う。


「ここはどこ?」


「死後の世界――と言った方がいいかな?詳しく話すと、君たちはまだ死んではいない。」


「どういうこと?」


侑介も立ち上がって話を聞く。


「君達、元の世界に帰りたいでしょ?」


「ああ! ……君は?」


侑介は高らかに宣言して秀に同意を求める。


「……ハァ。どうでもいい。」


侑介と声の主は言葉が止まり、声の主の気の抜けた声が漏れる。


「――は?」


「別にあの世界に未練なんてないし、次の世界があるならそこで過ごす。だから早くしろよ。」


「なっ!? 君は帰りたくないのか!?」


「だから言ったろ。何度も聞くなよ。」


「君は……!」


二人が言い争いをしてる中、声の主は唸りながら考えていた。


「困ったなぁ……。両方が戻りたいなら叶うけど、片方が居たいって……。」


声の主は考えた末、一つの結論を出した。


「じゃあ、こうしよう。」


その宣言に二人は言い争いをやめて、話に聞き入る。


「その願いを叶えたいのなら、次の世界で目的を果たすこと。」


侑介は続けて聞き入るが、秀は興味がなさそうにそっぽを向く。


「俺は残りたいからやる必要はないかな。」


「いや、片方が願いを果たせば共に転移してきた方もその願いに影響される。だから君も願いを果たさなくちゃ。」


「まったく……。その目的ってなに?」


「その内容は後々、わかるでしょう。じゃあテレポートさせるよー。」


二人が光に包まれ、侑介は転移する前に声の主に要望を言う。


「移動させる前に一つだけ約束してくれ。移動先はこの子と別にしてほしい。移動した先で、殺気がこもっている彼に殺されそうだからね。」


「おっけえ! そっちの君は?」


「武器をちょうだい。それだけ。」


「はいはーい。じゃあ移動させるよー。」


消える寸前に侑介は秀に質問をする。


「別れる前に聞いておきたい。君の名前を……。」


「――仕方ないな。シュウだよ。」


「僕はユウスケ。君とはこれから、敵同士になるな。」


言い終えた後に、ユウスケとシュウは転移して消滅した。




木が生い茂る森


「いてっ……。」


不時着したシュウは人気がない森に転移していた。そのシュウの傍らには武器と思わしき銃が3丁転がっていた。


(――DSRとSIGに似てる。)


形状が以前持っていた銃に似ていたシュウは、試し打ちとしてスナイパーライフルの方を構える。


「人の気配がないなら撃っても大丈夫かな。」


トリガーを引いたスナイパーライフルは轟音と共に草木を破壊し、地面を削った。80mほどまで更地と化した森の結果に、シュウは唖然とする。


「――え?」


その時、馬の足音と人の声が聞こえてシュウは振り返る。


「なんだ? 先程の轟音は……?」


マスクをつけてグレーのマントを着用した保安官らしき3人は、シュウを見つけるなり事情を聞く。


「この森林破壊は貴様の仕業か?」


「そうだけど……。」


リーダーらしき人物がシュウに事情聴取をし、その部下が更地となった森を見て言葉が漏れる。


「これすげぇ……。」


「とりあえず連行する。同行願おうか。」


シュウの手に手錠らしき輪がかけられ、保安官に連れていかれた。


(ハァ……まったく……。)




街の裏通り


「――がっ!」


裏路地の片隅に落下したユウスケは、場所を街の裏通りだと認識して安心した。


「よし。街なら情報が得られる。とりあえず位置を確認して……。」


その時ユウスケの後頭部を何者かが殴り、ユウスケは気絶してしまった。


「人間を連れていけば金になるな。――こいつを馬車に詰め込め!」


フードを被った謎の人物はユウスケを担いで部下に命令する。

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