一九 F棟504号室 壱
自宅に帰っても、朱理は夕飯も食べずに自分の部屋でふさぎ込んでいた。
いつもは帰宅の遅い父が今日は珍しく早く戻っていて、茶の間で母と叔父と話をしている。
内容は恐らく験力がらみのことだろう。
朱理は部屋の壁を見つめながら二段ベットの上段に横になっていた。
下から聞こえるゲーム機の音が気に障る。
「紫織、イヤフォンつけてよ」
妹は夕食が終わるとポータブルゲームを始めていた。
「なんで?」
「うるさいからでしょッ」
「そんなにおっきな音だしてないもん」
「いいからッ、お姉ちゃんがしなさいって言ってるの!」
「うるさいなら、じぶんがでていけば!」
頭にきたが妹とケンカを続ける気力も無く、朱理はベッドから降りて部屋を出た。
祖母の部屋の方が心が静まるだろう。
それに今、下の階には梵天丸しかいない。
「本当にごめんなさい」
茶の間の
思わず廊下で立ち止まり耳を澄ます。
「ずっと隠してた、本当はヒデを一生だますつもりだった」
「
姉貴は自分の
それで義兄さんにだけは知られたくなかったんです。知られて嫌われたくなかったんです。どうかゆるしてください」
真剣にわびる母と叔父の声に朱理は動けなくなった。
父はそんなに怒っているのだろうか?
朱理は父の英明が怒る姿をほとんど見たことがない。
もっとも、さい企業とはいえ経営者である父は、余り家にはいない。
忙しくて大変なはずなのに仕事のことはほとんど口にせず、物静かなだけではなく朗らかで、常に朱理を安心させてくれる。
だが、遙香と悠輝は大きな秘密を十年以上も隠してきた。
いくら温厚な英明でも怒るのは当然だ。
だからって、離婚なんかしないよね……
両親が別れるなんて考えたことも無い。
そうなったら、もっと父に会えなくなってしまうかも知れないし、逆に母と別れて暮らすことになるかもしれない。
紫織とも離ればなれになる可能性だったある。
ケンカしたばかりで頭にきていたが、それでも妹と別々に暮らすのはやっぱり嫌だ。
父をなだめるために入った方がいいか迷っていると、
「僕も遙香たちに謝らなければならないことがある」
と、いつもと変わらない英明の穏やかな声が聞こえた。
「え? なに? 浮気とか言ったらゆるさないけど?」
「姉貴」
さっきとは裏腹に険のある声を母は上げ、叔父にたしなめられる。
「そんなんじゃないよ」
父が苦笑するのが判った。
「実は君との約束を破って、結婚前にお義父さんに挨拶に行ったんだ」
「何でそんなことしたのッ?」
「いくら関係がこじれているって言っても、遙香の実のお父さんだ。嫁にもらう以上、挨拶をしない訳にはいかない」
「でも、あたしはいいって……」
「いくら君がよくても、礼儀を軽んじることはできない」
父は温厚だが、筋を通さないことが大嫌いなのだ。
「それじゃ義兄さんは……」
「お義父さんから聞いている。そして『験力』が朱理と紫織に遺伝する可能性もね」
「そんな……知ってて黙ってたのッ?」
「そうだよ。だから、おあいこだろ?」
「うぐっ……」
「さすがは義兄さんだ」
「ま、遙香と結婚するぐらいなんだから、僕も一筋縄じゃ行かないってことかな」
「どういう意味よ!」
「そのままの意味だと思うけど」
緊張していた空気が一気に和らぎ、朱理は胸をなで下ろした。
「由衣ちゃんのことに、朱理が関わっているんだね」
英明の口調が改まった。
「はい、おれがもっと早く義兄さんと姉貴に相談していれば……」
「僕だって、朱理が覚醒する時期を過ぎているって言われていたのに、何もしなかった」
「言われてたってどういう事? まさか……」
「ああ、年に数回はお義父さんに連絡を取ってる。ハッキリと口にしないけれど、孫たちに会いたがっているよ。もちろん娘と息子にだってね」
「………………………」
「………………………」
「福島へ行くつもりなんだろ?
僕は独りでも大丈夫から、安心して行っておいで。しばらく一人暮らしを満喫するさ。
でも、たまには帰って来てくれよ」
「ちょっと待ってッ。あの子たちの験力を封印したら、すぐ戻ってくるわ」
「封印? 修行させるために行くんじゃないのかい?」
「修行だけなら、おれと姉貴だけでも何とかできます。でも、それじゃ足りない。紫織の潜在能力は、朱理よりもかなり強いんです。
修行が間に合えば、例え覚醒したとしても最初からある程度はコントロールできます。
ですが、それも完璧じゃない。より強い験力にはより質の悪いモノが呼び寄せられます。だから封印するのが一番なんです」
「しかし、それじゃ根本的な解決にならないよ」
「え?」
「だってそうだろう? 現に遙香は封印していても朱理と紫織に験力は遺伝している。
二人しかいないから何とも言えないけど、ここだけ見ると確率は一〇〇パーセントだ。
朱理と紫織の子供たちはどうなるんだい?」
「それは……」
「その子供たちの験力も封印する?」
「えぇ」
「じゃあ、さらにその子供たちはどうする? いずれ悠輝君だって年老いて亡くなる。
験力の使い方を知っている人間が居なくなれば、封印はおろか魔物に対抗する手段すら解らなくなるんだよ」
「……………………」
悠輝は言葉に詰まったようだ。
「でも、何の関わりのない女の子が一人亡くなっているのよ。危険な芽は早めに摘むべきだわ」
遙香の言葉に英明は溜息を吐いた。
「もちろんそうさ。だから封印が絶対ダメだって言っているわけじゃない。ただ、先のことも見据えなければならないって事だよ」
「ヒデは紫織の験力は封印して、朱理には修行させろって言いたいの?」
「でも朱理は……」
叔父が自分を腫れ物のように扱っているのが判った。
朱理が験力を嫌っていると思っているのだ。
たしかにその通りだ。
験力なんて欲しくなかった、この
朱理は思いきって襖を開けた。
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