一七 ジューク 壱

 一週間前、検査入院を終えると母と叔父が迎えに来た。


 遙香の運転する日産ジュークの後部座席に乗ると、悠輝がいつになく重々し

い口調で話し始めた。


 髪の毛は短くなっていて、顔にはガーゼが当ててあり、手には包帯が巻かれ

ている。


 叔父を傷つけたのは自分なのか。


 自分の意思でやった事ではないが、それでも罪悪感が芽生えた。


「朱理、お前に幾つか話しておかなきゃならない事がある。先ず今回の事件、

こんな事なったのは叔父ちゃんのせいなんだ」


「ど、どういうこと?」


 言っている意味がまるで解らなかった。


 叔父はぎやくてきな笑みを浮かべた。


「いきなりこんな事言われても戸惑うよな。朱理が前に言ったとおり、叔父ち

ゃんは本当に占いやおまじい、それに超能力の類いが大っ嫌いだ」


「でも、おじさんは……」


 凜に取り憑いた佐藤加乃子を撃退した時、悠輝は呪文を唱え魔法のような物

を使っていた。


「だから嫌いなんだよ。叔父ちゃんもお母さんも、あの能力ちからのせい

で、何度も嫌な思いや辛い思いをしてるから」


「お母さんも、超能力者なの?」


 ドアミラーを見ると遙香が顔をしかめるのが判った。


「いいや、昔はとっても強い能力ちからがあったけど、今は封印してい

る。その話は朱理が本当に知りたいって思ったら、後で直接お母さんに聞くと

いい。今話さないといけないのは、朱理にも同じ能力ちからがあるのに、

叔父ちゃんが黙っていた事についてだ」


 一瞬、何の冗談かと思った。霊感なんか無いことは自分自身がよく知ってい

る。


 いや、知っていた、だ。


 由衣の部屋で感じたあの嫌な気配、凜に重なって視えた獣のような加乃子。

あれは霊感があるから感じたり視えたりしたのではないか。


「本来ならもっと早く、お母さんに相談して対処すべきだった。なのに叔父ち

ゃんは現実から眼を背けて、それを怠った。その結果、こんな事件が起きた」



 だから、おれのせいなんだ。



 悠輝は感情を押し殺そうとしているようだったが、それでも苦悩が声から滲

《にじ》み出ていた。


「でも……でも、みんな無事だったんでしょ? 凜も香澄も先生も……それに

由衣だって、病院にいるんでしょ?」


 病院で意識を取り戻した時、同じ部屋に香澄もいて彼女も母親が迎えに来て

いた。


 凜と宏美はまだ入院が必要らしい。


 ただ由衣については病院に運ばれたことしか知らない。


「朱理、由衣ちゃんは……亡くなった」


 叔父が言った言葉の意味を理解するまでに、しばらく時間がかかった。


「うそ……」


 セーメイ様をやったあの日まで、由衣は元気でいつもの彼女だった。


 最後に見た姿は何かに脅えてやつれていたけど、それでも由衣がいなくなる

なんて、そんな事はあり得ない。


「いや……うそだ……うそだッ」


 涙があふれ、わけの解らない感情が爆発した。


 ダメだ絶対信じちゃいけない。信じたら現実になってしまう、二度と由衣に

会えなくなってしまう。


「朱理ッ」


 悠輝に両肩を捕まれた。


「本当にすまない」


「どうして……どうして……由衣が……なんで……」


 悠輝が前の席に視線を向けると、遙香は覚悟を決めたようにうなずいた。


「由衣ちゃんを殺したのは凜ちゃんに取り憑いていたモノだ」


「佐藤加乃子?」


 叔父は首を左右に振った。


「だって取り憑いていたのは加乃子でしょ?」


「違う、佐藤加乃子の振りをしていた別のモノだ」


「でも、先生の同級生が死んだことも知ってたんだよッ」


「先生の記憶を盗み見たんだ」


「じゃあどうして『さとうかのこ』って名乗ったの? セーメイ様をやった時

にもう先生の記憶を見ていたの?」


「かもしれないし、凜ちゃんが知っていた可能性もある」


「凜は知らないって……」


「セーメイ様が帰らなかった時点で凜ちゃんは憑かれていたはずだ。


 本当のことを答えたかは本人に聞いてみないと判らない」


「そんな……凜はセーメイ様をやった時から、ずっと取り憑かれてたの?

 わたし、そばにいたのに全然気がつかなかった」


「当然だよ。向こうは特に朱理に気付かれたくなかったはずだし、お前は何の

修行もしていないんだから」


「どうして特にわたしなの? それに修行って何の?」


「ヤツの狙いが凜ちゃんでも先生でもなく、お前だったからさ。

 だけど叔父ちゃんが渡したお守りを持っていたから、アイツはお前に取り憑

くことが出来なかった。それで機会をうかがっていたんだ」


「おじさんが言っているモノって何なの?」


「妖怪、妖魔、それに魔物……呼び方は色々あるけど、並大抵の怨霊や悪霊よ

りタチの悪い連中だ。

 何かの霊が魔物になるのか、初めから魔物として存在しているのか、叔父ち

ゃんにも判らない。

 お前が狙われた、そもそもの理由だけど」


 そこで悠輝はためらうように少し間を開けた。


「うちの家系、の血筋には特殊な能力《ち

から》を持った人間が生まれやすい。

 霊力、法力、念力、神通力、それにESP……こっちも色々呼び方があるけ

ど、いわゆる超能力だ。うちでは『げんりき』って言ってる」


「験力……」


「朱理、セーメイ様をやった時、十円玉が発熱して紙が燃えたって言ったよ

な? あれはお前がやったんだ」


「え……」


「占いやおまじないをするとお母さんは怒って、叔父ちゃんが蘊《う

ん》ちくを語って否定したのは、朱理がそれをやることによって覚《か

く》せいするのを防ぐためだ。験力が目覚めると、それを欲した悪いモ

ノが寄ってくる」


 それが凜に取り憑いた魔物か。


「それじゃ、わたしのせいで凜は取り憑かれて、由衣は死んだの……」


「違う」


 悠輝はゆっくりと力を込めて断言した。


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