一五 魔界

 凜の身体からだが覆い被さる。


 しまったと思いつつ、悠輝は彼女を受け止めた。


 悪夢が脳裏に蘇る。


 この稲荷は夢の中に出てきた祠だ、ここで取り憑かれた朱理は……


「させるか!」


 素早く凜を地面に横たえ、両手の指を絡ませ印を結ぶ。


「オン・エンマヤ・ソワカ!」


 えんてんの真言を唱え瞬時に験力を引き出し、朱理に向けて放つ。


 ところが朱理に届く前に見えない壁に阻まれた。


 朱理の口が耳元まで裂け、異様な笑みを浮かべる。


「カァーッ」


 ほうこうを上げるとほのおの塊が現れ、悠輝に向かって飛んできた。


「破!」


 れつぱくの気合いで朱理が放った焔を相殺する。


 朱理は笑みを更に大きくし、二発、三発と焔を次々に放つ。


「ク……ッ」


 何とか防ぐが、凜に取り憑いていた時とは比べものにならないほど強力だ。


  これが朱理の験力か……


 ここで自分がたおれれば悪夢が現実になってしまう。一つだけ外れているのは、悠輝も少女たちのきがらに加わっている事だ。


「ヒヒヒ……ドウ……シタ? モウ……オワリ……」


「いい気になるなって言ったよな? 雑魚ざこめ」


「クァー!」


 今までより大きな焔が放たれ、防ぎきれず髪の毛や服が焦げる。


「ドウ……ダ……反撃……シロ……」


「フン、簡単に挑発に乗りやがって、お前の事なんざ全てお見通しなんだよッ。

 佐藤加乃子だ?

 違うな、お前は凜ちゃんと先生の記憶を覗き見て成り済ましただけだ。

 こっくりさん、セーメイ様、色々呼ばれているが霊ですらない。

 肉体を持たず、何かにひようしないと大した能力ちからも使えない非力な存在、お前に相応しい呼び名はだ。

 朱理を狙ったのだって験力目当てだろ?

 お守りを持っていたせいで、すぐに取り憑くことが出来なかったから、凜ちゃんたちに取り憑いて機会をうかがった。

 言っておくが、朱理が持っていたお守りを作ったのはおれだ。だからお前は絶対におれに勝てない」


「カーッ」


 焔の塊が幾つも現れ次々に悠輝に襲いかかる。


 さらに火傷を増やし、悠輝は尻餅をついた。


 梵天丸を使うか? ダメだ、下手をすると朱理を傷つける。


「ヒヒヒ……口ダケ……ブザマ……」


 何とかして、もう少し時間を……


「朱理!」


 姉の声が鼓膜を振るわせ、思わず笑みが浮かんだ。


 待ち人がやっと来た、バッグを持った遙香が木々の隙間をかけてくる。


「投げろッ」


 バッグが空中に舞う。


 験力で中身を捕らえる。


「ガッ」


 袋に入っていたのは悠輝の験力を込めた五本のこんごうしよだ。


 朱理を取り囲み、等間隔に金剛杵を地面に突き立っている。これはぼうせいの配置だ。


「オン・アロマヤ・テング・スマンキ・ソワカ!

 我らしゆげんじやの守護神であり数万騎の狐を従える大天狗よ、その験力にて魔をはらいたまえッ。

 臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前・破ッ!」


 印を結び験力を朱理に注ぎ込む。


 金剛杵に込めておいた験力が作用し、凜の身体から祓った時よりも遥かに強い力で朱理を浄化する。


「ギャアーッ」

 妖魔は何とか抵抗しようと藻掻くが、無理やり引き離されてさんした。


「ふぅ~」


 悠輝は精根尽き果てその場に崩れ落ちた。


「大丈夫ッ?」


 遙香が身体を支える。


「おれはいいから朱理たちを、それに由衣ちゃんも近くにいるはずだ」


「判ってる。警察と救急にも連絡済みよ」


「手抜かりは無いか……」


 最悪の結果は免れた。


 だがそれは、あくまで最悪ではないと言うだけだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る