五 F棟404号室

「始まったか……」


 部屋に戻るとゆうは溜息を吐いた。


 あかを安心させるため徹底的に否定したが、全てが本心ではない。


 占いは文章力と情報収集で当てる物であることは間違いない。だが今回のこっくりさんは、間違いなく厄介なモノを呼び寄せている。


 原因は朱理だ。


  こうなる事は予想の範囲内だけど……


「にしても発火か」


 何を呼び寄せたのか、早急に決着を付けなければ。


 それでなくても今後のことを思うと気が重い。姉に出来るだけ早く朱理のことを話し、この先どうするか決める必要がある。


「素直に事態を認めちゃくれないよなぁ」


 朱理とおりが自分と同じ能力、げんりきと呼んでいる異能力を秘めていることは、初めて会った時から感じていた。


 その場で姉のはるに話さなかったのは、言ってもケンカになるだけだからだ。


 遙香は娘たちの異能を決して認めず、それを指摘した弟を近づけないようにしただろう。


 そうなると今回のような事態が起きた時に対処できない。


 今回の事態とは、二人の姪が験力を制御出来ないままに発動させ、厄介な状況を引き起こすことだ。


「参ったな……」


 水を飲むぼんてんがんの頭をなでながら、思わず溜息が出た。


 少なくても数日はコールセンターを休まなければならないが、それは大した問題ではない。


 本当に困るのは執筆活動をやる時間が無くなることだ。


 シナリオ作家協会主催の『新人シナリオコンクール』が今月末〆切なのだ。


 今執筆しているのは、ゲームデザイナーを目指す青年と声優を目指す少女のラブストーリーだ。


 ギリギリ月末までに書き上げられそうだったが、これでもう絶望的だ。


 仕方がない、他のコンクールを探すか来年に取っておこう。この作品が落選したわけではないのだ。


 悠輝はスマートフォンを取り出した。


 明日からしばらく休む事を、バイト先に連絡しなければならない。


〈もしもし、どうしたのキタちゃん。アタシの声が聞きたくなった?〉


 コールセンター『あいせん』のマネージャー、えきまさひろがいつものオネエ口調で電話に出た。


「そんなわけないでしょ、明日、っていうか、数日休むことになるんで連絡したんですよ」


〈え~アタシと言うモノがありながら、他の女に会いに行くのッ?〉


「何言ってんですか、そもそも佐伯さんは女じゃないでしょ。まぁ、たしかに女絡みですけど、姪っ子ですよ」


〈ってことは、とうとうその時が来ちゃったのね〉


 佐伯は微力ながら霊感があり、悠輝の験力についても知っている。


 派遣会社から『愛占師』に回された彼の能力に気付き、直雇用のバイトにスカウトしたのも佐伯だ。


 悠輝は占い師など絶対にやりたくなかった。と言うか、どんな霊感商法にも関わらないと決めていた。


 そもそも験力があっても他人の未来が判るわけではない。 


たまに未来のヴィジョンが視えることもあるが、それは不確定で変わる可能性だってある。確実な未来を知ることなど不可能だ。


 占いのコールセンターは、ほぼ一〇〇パーセントがインチキで、あこぎな商売をしている。


 その中で、この『愛占師』は恐らく唯一明朗会計で、それほど暴利をむさぼっていない。


 それでも占いというだけで断るつもりだった。


 しかし、佐伯が「電話をかけてくる人はね、ホントは答えを知ってるのよ。ダレかに背中を押して欲しいだけ。アタシたちの仕事はね、その一押しをすることなの」と言って説得してくれた。


 時給千六百円も捨てがたい魅力だった。当時お金が必要だったのだ。


 その後、当初の派遣期限が切れても直雇用のバイトとして契約して、トータルで三年近く働いている。


 朱理に占いは文章力と情報収集と言ったのは、彼自身がそれで占いを当てて成績を上げているからだ。験力など一ミリも使っていない。


 佐伯は数少ない悠輝の理解者で、姪たちのことも話していた。


「ええ。この先のことを考えると、かなり気が重いですよ」


〈姪御さんだけじゃないでしょ、カノジョからもプレゼントが届いたんじゃない?〉


 嫌な事をもう一つ思い出した、どうせつからじゆぶつが届いていたのだ。


「何で知ってるんです? 今回は直接おれに依頼が来たんですよ」


〈そんなの決まってるじゃないッ、アタシの霊感よ! って言いたいところだけど、ヨッちゃんから連絡があったの。アナタによろしくって〉


 ヨッちゃんというのは御堂刹那の叔母、なかがわよしのことで、プロダクションブレーブの社長でもある。


「社長が佐伯さんに言づけを頼むってことは、向こうもかなり厄介な状況なんでしょうね」


〈でしょうねェ。で、何が届いたの?〉


「御堂が見つけたはこです、本気でヤバイ物ですよ」


〈フ~ン、セッちゃん、ムリしなきゃいいけど〉


「御堂の霊視だけで解決できるか、かなり疑問です」


〈キタちゃんもタイヘンなのは解るケド、いざという時はセッちゃんを助けてあげてね。こっちは必要なだけ休んで大丈夫だから。それにヨッちゃんに、キタちゃんの請求にはケチらず言い値で払ってやれって言っといたから、休んだ分、払って貰いなさい〉


「ありがとうございます、今度、メシでもおごりますよ」


〈ムリしなくていいわよ、何日休むのか知らないケド、生活苦しくなってるんでしょ?〉


 この人にはかなわない。


「すみません」


〈じゃ、しっかりね〉


 電話を切って、御堂刹那から届いた荷物を手に取る。


 厚手の紙袋に入っているのに、今までに感じたことのない呪力じゆりよくを感じる。


「グルルル、ワンッワンッワンッ」


 梵天丸も何かを感じるのか、悠輝の足下で吠え始めた。


「わかってる、ここじゃ開けないよ」


 悠輝は荷物をそのままにして、台所へ向かった。


 取りあえず、腹ごしらえをしよう。先人の言葉にある通り、『腹が減っては戦は出来ぬ』だ。


 冷蔵庫から冷凍食品を取りだし、レンジで解凍する。


「三万じゃ安かったかな……」


 御堂から仕事の依頼するメールが届いたのは昨日の朝だ。


 そこには彼女が廃墟ホテルで見つけた匣の鑑定依頼と、それの対処方法を知りたいとの内容が書かれていた。


 匣が埋められていた状況やメールに添付されている画像から、悠輝はそれが『どく』の一種ではないかと当たりをつけた。


 しかし、実際に中身を視てみなければ正確なことは言えないし、対処法も判らない。


 そこで御堂に匣を送ってくるようメールした。


 もちろん無料ではないが、出てきた物で請求額を変えるのもややこしくなるし、そもそも相場が判らない。


 鬼多見悠輝はプロの拝み屋ではないのだ。


 珍しい能力を持ち、それに対処できる環境で育ったため、使い方は学んでいる。


 と言っても途中で投げ出しているので、専門家には程遠い。


 引越をしたり、取引先の社長に逃げられたりして、バイト代だけでは足りず、お金に困っていた時、佐伯に拝み屋のごとをして欲しいと頼まれた。


 背に腹は替えられず、他に収入に繋がる特技や資格を持たない悠輝には、選択の余地は無かった。


 その依頼を受けたのがきっかけで、その後も幾つか佐伯を通して依頼を受けた。


 御堂刹那はその中でもめずらしいリピーターで、今では直接悠輝に依頼してくる。


 拝み屋の真似事は今では無くてはならない大事な収入源で、言わばバイトの副業だ。


 毒を食らわば皿までとはよく言ったもので、占い師だけでも嫌だったのに、結局自分が一番嫌っていた仕事をして生計を立てている。


 フリーターをしながら執筆活動を続けるのは決して楽ではないのだ。


「ふぅ、ごちそうさま」


 味気ない夕食を終え、悠輝は御堂から届いた袋を開けた。


 途端に梵天丸がけたたましく吠え始める。


 中から出てきたのは、縦一五センチ、幅一〇センチ、厚み五センチ程度の黒ずんだ木製の匣だ。


 匣と言ってもふたがあるわけではない。


 そして禍々しい妖気を放っている。


 悠輝は舌打ちをした。


 これだけの念を込められる呪術者は滅多にいない。


 御堂は明らかに手に余る事件を解決しようとしている。


 匣自体は木製なのでこじ開けるのは簡単だろう。


 ただし物がモノだけにそれなりに準備がいる。


 この匣を作ったのは誰なのか、何の目的で作ったのか、そしてこの匣がもたらしたわざわいとは何なのか、それは御堂刹那の物語である。


 そして匣の妖気が鬼多見悠輝の感覚を惑わせている隙に、別の禍が忍び寄っていた。

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