第819話 不明瞭
少数の精鋭を率いて、プルートンを討伐する。
具体的な作戦こそ未だに決まっていないが、これで大枠は定まった。
フラムの見通しが正しければ、信用の置けない風竜族を戦力としてカウントせずとも戦力は十分。風竜族がそのままこちらにつくのであれば、完璧とも言える包囲網が完成するだろう。
懸念点があるとしたら、やはりザグレスとルヴァンの動向だ。
地竜族が二つの派閥に割れているのは『
地竜族がセフォンさんの意向に従うのか、プルートンの保護に動くザグレスに従うのか、はたまた二つに割れたままなのか、それ次第でこちらも臨機応変に動かなければならない。
ルヴァンもルヴァンで厄介な存在だ。
可能性としてはかなり低いようだが、もしルヴァンが敵に回れば火・水連合と地・風連合の戦いになってしまうし、味方になればそれはそれで厄介。寝首を掻かれないよう細心の注意を払い続けなければならないからだ。
加えて、ルヴァンは風竜族を束ねる王なのだ。
もしルヴァンが反逆のタクトを振るようなことがあれば、風竜族全てが俺たちの前に立ち塞がる可能性だって考えられるだろう。
そうなれば流石に少数精鋭などと言ってはいられない状況に陥る。
全竜族がぶつかり合う大戦争へと発展し、やがて世界そのものが崩壊してしまっても不思議ではない。
フラムの宣言によって上がっていた士気が急速に萎む。俺の中で期待よりも不安が上回ってしまっていた。
「もし……もし、だ。全て地竜族と風竜族が敵に回るなんてことになったら……」
その先に待っているのは――地獄だ。
強大な力がぶつかり合うことで世界は文字通り破滅へと突き進んでいくに違いない。
最悪の中の最悪を想像し、ぽつりと零した俺の言葉を拾ったフラムが横から口を挟む。
「――ないな。そんなことにはならないぞ」
「すごい自信だけど、その根拠は?」
半信半疑になっている俺にフラムは説明になっていない説明を付け加える。
「ルヴァンは王であっても絶対的な王ではないからだ」
それからフラムによって語られたのは風竜族独特の社会の仕組みだった。
風竜族は他の竜族と同様に君主制を取っていた。
基本的には、どの竜族も王を中心とした社会を形成し、国を統治している。
だが、風竜族には決定的な違いが存在していた。
それは王が実権を握っていない点だ。もっと正確に言うならば、政治における決定権をほとんど有していないのである。
「いつだったか私が聞いた話によると、歴代の風竜王たちもルヴァンと似たように放浪癖があったらしくてな。国を空けてばかりの王に国を任せるわけにはいかないということで、遥か昔から風竜族は王を政治から除外し、国を動かしているそうだ。奴が自由を謳歌できているのは、そういった体制のおかげだな。とはいっても、奴の放浪癖は流石に度が過ぎているとは思うが」
俄には信じ難い話だが、自信満々にフラムがそう言うのだ。フラムが語った風竜族の内情は概ね事実なのだろう。
フラムの話が一区切りしたタイミングを見計らって、ディアが疑問を投げかける。
「『竜王の集い』にいたソニスって女性はどんな
「ん? ああ、あの無愛想な女か? そういえば……あの顔は見たことがないな。まあ、奴の数少ない知り合いでも連れてきたのか、もしくは風竜族の上の者にあの女を連れて行くように言われたのか。まあ大方、そんなところだろうな」
「王様って言っても名ばかりなんだ……」
「名ばかりというと少し語弊があるな。実際、『竜王の集い』には奴が参加してきただろう? 他の竜王と対等に語り合えるのは同じ竜王だけ。つまり奴には奴で果たさなければならない責務がそれなりにあるというわけだ。それに奴は初代風竜王の血を継いでいる。風竜族にとっては、その事実だけでも奴に十分な価値があると考えているのだろう。私からしてみれば、なんとも馬鹿馬鹿しい話としか思えんがな」
そう辛辣に吐き捨てたフラム。
炎竜族は血ではなく力こそが正義だと掲げているのもあって、他の竜族の考えを理解できないのだろう。
――風竜族。
未だ全貌の見えない独特な体制を取る風竜族に、俺が若干の興味をそそられていたその最中、突如として執務室の扉がノックされる。
「ん? イグニスか? 入っていいぞ」
扉越しにフラムがそう呼び掛けると、ガチャリとドアノブが捻られ、扉の奥からイグニスが現れ、一礼して入室する。
「失礼致します。一点、ご報告させていただきたく……」
「何かあったか?」
いつにもまして真剣な表情をしているイグニスに何か感じるものがあったのだろう。フラムは僅かに眉間に皺を寄せ、次の言葉を促した。
そして、イグニスはネクタイを締め直してこう告げる。
「地竜族の国に繋がる転移装置が消失しておりました」
「どういう意味だ? 破壊されていたということか?」
「そのままの意味でございます。一切の痕跡なく転移装置が完全に消失しておりました。この件は私めの目で直接確認しております」
破壊ではなく消失とイグニスは言った。
ともなると、魔物騒動で生じた被害ということは考えづらい。
もし魔物の仕業であるならば、必ずと言っていいほど何かしらの痕跡が残るはず。
そもそも魔物が転移装置を丸々消失させられるとは思えないし、そんな真似をする意思も意味もない。ましてやイグニスの目をもってしても一切の痕跡を見つけられないとくれば、人為的なものだと疑って然るべきだろう。
申し訳ないと思いつつも、俺は横から口を挟む。一抹の不安を抱えて。
「……セフォンさんはどこに?」
時系列で言えば魔物騒動の後にセフォンさんは国に戻っている。
もし魔物騒動の前後で転移装置が消失していた場合、セフォンさんは国に帰れずに『
しかし、イグニスは転移装置の消失を報告した際にセフォンさんに触れなかった。それはつまり――。
胸がざわつき始める。
言いようのない不安が波のように押し寄せ、心臓の鼓動を加速させていく。
そしてイグニスが俺の問いに答える。
まるで最初から回答を持ち合わせていたかのようにスムーズに舌を動かした。
「消息不明となっております」
「そうか」
俺は感情を押し殺して、そう言葉を返すことができなかった。
遺体が発見されていない以上、悲観的になり過ぎる必要はない。
セフォンさんが転移装置を使用した後に消失したかもしれないし、セフォンさんが転移装置を消失させた張本人だということだって十分考えられるだろう。
頭の中では理解している。
それでも考えずにはいられない。
ぐるぐると俺が頭を回している間に、イグニスがフラムに伺いを立てる。
「一度、確認のために地竜族の国に一族の者を向かわせましょうか?」
「悩ましいところだが、何の用意もなく向かわせるのはやめておいた方が良いだろうな。転移もなしに奴らの穴ぐらまで向かうとなると、なかなかに骨が折れる。それにだな、無駄骨になるだけならまだマシだが、最悪の場合――」
「うん、フラムの判断は間違ってないと思う。地竜族が敵として待ち構えているかもしれないことを考えると……」
フラムもディアも俺と似たように最悪のケースを想定していたようだ。慎重な意見が飛び交う。
「とはいえ、ただ座して来るかもわからない向こうからの連絡を待つわけにもいかないか。イグニスよ、人選はお前に任せる。隠密能力に長けた者に探らせろ。危険だと判断した場合は即時撤退を許可する。安全を最優先とし、地竜族の国を探らせてくれ」
「承知致しました」
竜族の間に生じた問題は『竜王の集い』の経てもなお、解決には遠く至らない。
それどころか、事態は俺たちの預かり知らぬところで緩やかに、そして着実に悪化の一途を辿っていた――。
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