第818話 共通認識

「ルヴァンを信用するのはやめた方がいいだろうな」


 『四竜の宮殿エレメンツ・パレス』を後にし、真紅の城に戻るや否や俺とディアはフラムの執務室に呼び出されていた。


 ちなみにイグニスとリアンはまだ戻ってきていない。

 なんでも『竜王の集いラウンジ』の後片付けと事後処理に回っているようだ。他にも警備に就いていた炎竜族のケアや情報共有など精力的に働いてくれているとのこと。


 今回、魔物の襲撃により、炎竜族の中から死者が一人出てしまった。

 フラムがそれに対して感傷に浸っている様子はほとんど見られないが、思うところが何もないわけではない。


 フラムは憤り、そして疑っているのだ。

 今回の魔物騒動が何者かの手によって仕組まれた意図的な事件なのではないかと。

 そして、その首謀者としてフラムが目星をつけているのが、ザグレスと風竜王ウィンド・ロードルヴァンの二人。


 ザグレスを疑うのは当然の帰結だと言えるだろう。

 頑なにプルートンの討伐を拒絶し、なおかつ初めから計画していたかのように魔物騒動に乗じて『竜王の集い』から逃げ出したのだ。

 行方は未だに不明。十中八九、転移装置を使って地竜族の国に帰ったと思われるが、俺たちが直接知り得る術はない。セフォンさんからの続報を待つしかなかった。


 同時にフラムはルヴァンも疑っていた。

 とはいえ証拠がない以上、これまた疑惑の域を出ない。

 しかも、ルヴァンに限っては根拠もなければ疑うに足る明確な何かがあるわけでもなかった。

 議論の間に設けた小休止の時間に何をしていたのか、セフォンさんを助けずにザグレスを追い、返り討ちにあったなど不明な点こそいくつかあるが、裏を返せばそれだけ。

 そんな浅い理由で疑われるなんてルヴァンからしたら心外もいいところだろう。


 だが、フラムはルヴァンを一際怪しんでいる。おそらくザグレスよりも強い疑いを掛けている。


 そして、その思いは俺も同じだった。

 とはいっても俺も何か明確な理由があるわけではない。強いて言うならば、言いようのない嫌悪感を俺はルヴァンに初めて出会ったその時から抱いていたからだろうか。

 心の中でもルヴァンに対して敬称をつけていなかったのも、今思えばその嫌悪感から来ていたのかもしれない。


 生理的に受け付けないと言うだけで他者を嫌うのは自分でもどうかとは思うが、言語化できない様々な理由から俺はルヴァンに嫌悪感を抱き、そしてフラムと同様に今回の一件の重要人物だと疑っていた。


 フラムの発言に俺は異を唱えるどころか追従する形で同意を示す。


「ああ、俺もそう思う。寝首を掻かれる可能性を捨てきれない以上、ルヴァンを味方だと思うのはあまりにも危険だ。むしろ敵として数えていた方がいいんじゃないか?」


 俺から同意を得られるとは思っていなかったのか、フラムは一瞬目を丸くし、そして小さく口元に笑みを浮かべた。


「ほう? 主にしてはやや過激な意見だな。少し前の主だったら曖昧な返事で済ませていたと思うが?」


 ぐうの音も出ないとはまさにこのことだ。

 フラムの言う通り、以前の俺だったら何の根拠もなしに強い疑いをかけたり、他人を表立って敵対視することはなかっただろう。


 だが、今は違う。これまでの相手とはレベルが異なる。

 相手は竜族――それも王なのだ。

 ちょっとした躊躇や油断、慢心や情けが命取りになりかねない。

 後手後手に回らなければいいというだけでは甘い、温すぎる。

 常在戦場の心で、なおかつ常に先を見据えて最悪のケースに備えていかなければならない。


「俺は俺のままではいられない。変わり続けなくちゃいけないんだよ」


 環境に適応していく。

 平和ボケしたままの日常は、この世界に来たあの日に終わっている。


 一年以上の月日と経験を糧に、これでも俺は徐々に成長し、変わり続けてきたつもりだ。

 それでも俺は『竜王の集い』が終わるまでの過程で多くの竜族と出逢い、別れたことで、まだまだ足りていなかったのだと改めて自覚することができた。


 今さら過ぎて自分でも情けなくなってくるが、過去を振り返り、後悔をしていても意味がないだろう。


 前だけを見続けて、俺は俺自身のために、そして隣に座る少女を――ディアを守るために、家族を守るために俺は俺を変えていかなければならない。


「私は主のその心意気を好ましいと思うぞ。ディアはどうだ?」


 唐突に話を振られたディアは細い眉を一瞬ハの字ににして悩ましげな表情をすると、すぐに可憐な笑みを咲かせた。


「こうすけが望んで変わったのだとしたら、それで良いと思うよ? それに……わたしのこの気持ちはずっと……」


 耳が熱を持っていくのを感じる。

 今のディアの呟きを意味深だと、すっとぼけて流すほど俺は鈍感ではないつもりだ。

 いや……勘違い馬鹿野郎の可能性もあるか。まあ、そうだとしたらその時はその時だ。

 わざわざマイナスに捉えてネガティブになる必要はない。ポジティブに自分に都合良く捉えていた方が精神衛生的にも良いのは間違いないのだから。


 ディアから目を逸らし、正面に座るフラムに視線を向けると、そこには意地悪な目つきしたフラムが俺を愉快そうに見つめていた。


「くくくっ……そっちの方はまだまだのようだ」




 三人が共通してルヴァンを要警戒人物と認定した後、話題はプルートンの討伐方法に移っていた。


「シュタルク帝国に寝返った地竜族の数にもよるが、私としてはこちらもそれなりの用意をしておくべきだと考えている」


「それなりの用意って?」


 フラムの不穏とも心強いとも取れる発言に、ディアが首を傾げて問い掛ける。


「端的に言えば、戦力の補強だな。相手がプルートンと少数の地竜族だけなら私たちだけでも対処できるだろう。だが、今や奴らは人間の軍に取り込まれている。ましてやそこに想定以上の多くの地竜族がいた場合、私たちだけではプルートンには届かない可能性が高い。無論、敗れるとは思っていないぞ? 私が言いたいのは、あくまでも今の戦力では奴を殺すには至らないのではないかという話だ」


 プルートンと寝返った地竜族だけを呼び出し、正面から戦えるならまだしも、そんな都合の良い展開は望めないだろう。

 いや、そもそも俺はフラムのように絶対的な自信なんて持ち合わせていない。俺、ディア、フラム、イグニス――このたったの四人でどうこうできるとは到底思えなかった。


「フラムとは多少理由は異なるけど、俺も戦力の補強には大賛成だ。最悪を想定すると今の戦力じゃ物足りないと思ってる」


「ふむ……最悪、か。主よ、主の考えている最悪とはルヴァンのことか?」


 俺は迷わず首を縦に振る。

 すると、フラムは何故かそこで悩ましげに眉を顰め、やがて肩を竦めてこう言った。


「絶対とは言い切れないが、想定し難い展開だな。確かに奴は信用できない。だが、曲がりなりにも奴は風竜族の王だ。場を掻き乱すことはあっても、余程のことがない限り、竜の約定を破るとは思えない。竜の約定を破れば最後、奴も討伐対象だ。そんなリスクを冒してまで、人間を好ましく思っていない奴がシュタルク帝国に寝返るとは正直思えないからな」


 ルヴァンとの付き合いの長さも然り、ルヴァンがどういう性格でどういう思考をしているのかも、フラムは俺よりも余程知っているに違いない。


 そんなフラムがここまで言うのだ。ルヴァンが寝返るなんて想定は捨ててもいいのかもしれない。


「人間嫌いのルヴァンがリスクを冒す価値を見出すとは思えない……。確かにそうか……」


 納得のいく話だが、納得できない。

 矛盾に等しい感情を抱いていたことが顔に出ていたのだろう。俺の不安を払拭するためにフラムが自信に溢れた声で告げる。


「なあに、戦力を補強すると言っただろう? もし万が一にもルヴァンが敵対したとしても打ち破れるだけの戦力を整えれば済む話だ。当然、シレーヌを筆頭に水竜族の手も借りるつもりだし、炎竜族では精鋭を集め、プルートンの討伐に同行させる。無関係な人間を巻き込まないよう、少数精鋭でプルートンの首を取るぞ」


 そう宣言したフラムの瞳の奥には炎が燃え滾っていた。

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