第815話 生涯にかけて
ルヴァンが去り、セフォンさんが去り、そして最後まで円卓に残ったのは俺たち炎竜族組と、水竜族組の面々だった。
全員が全員、気が知れた仲……とまでは流石に言うつもりはないが、先ほどまでの緊張感はどこへやら。かなり弛緩した空気が漂い始めている。
「ふぁ〜あ……。む? 長話は終わったのか?」
目蓋を擦りながらプリュイが寝ぼけた発言をする。
どうやらプリュイは器用に背筋を伸ばした姿勢のまま眠っていたらしい。なるほど納得、どうりで静かだったわけだ。
ほぼ全員から呆れた視線が瞬く間にプリュイに集まるが、当の本人はどこ吹く風。
魔物との戦いで多少なりとも溜まっていたであろう疲労も、ぐっすり寝たことですっかり回復したのか、エンジン全開。籠から解き放たれた鳥のように自由気ままに議場の中を移動し、程なくしてフラムにダル絡みし始めていた。
「おい、なんだ急にっ。鬱陶しいから離れろっ、このじゃじゃ馬娘め……っ!」
「ぬぬっ!? せっかく妾が暇つぶしに来てやったというのに鬱陶しいとはなんだ、鬱陶しいとは! そもそもだな、この円卓が大きすぎるのが悪いだろうっ。せめてもう少し椅子を近づけてだな――」
色々とプリュイも溜まっていたのだろうか。面倒なことに、かまってちゃんになってしまった。
とはいっても、被害に遭うのは標的に選ばれたフラムだけ。
一瞬、助け舟を出そうかとも考えたが、二人のじゃれ合いを見ていると、なんだか日常が戻ってきた気がして水を差す気にはどうしてもなれなかった。
その光景を見ていたヴァーグさんは頭痛を抑えるかのように米噛みの上辺りを片手で揉みほぐしており、シレーヌさんに限ってはにっこりと笑っていた。ただし、背中の辺りから冷気が盛大に漏れている気がするのは俺の勘違いではなさそうだ。
そんなこんなで議場内は、すっかり自由な空間に様変わり。
俺も俺でディアと一緒に席から離れ、ぐったりとしていたリーナに話し掛けに行くことに。
マギア王国という人間国家の代表者として『
「お疲れ、リーナ」
「大丈夫? すごく疲れているみたいだけど……」
緊張を解すために、あえて気安く話し掛けた俺に続いて、ディアがリーナの体調面を気に掛け、声を掛ける。
「え? ああ、心配をかけちゃったみたいッスね。でも私は大丈夫ッスよ。少し胃がきりきりするくらいッスね、ははは……」
重圧とストレスで胃に負担が掛かっていたようだが、こればかりはディアの治癒魔法ではどうにもならない部類の痛みだ。せめて話し相手になることで気を紛らわせることくらいしか俺たちにできることはない。
「そういえばリーナは自分から『竜王の集い』に参加を希望したわけだろ? 何か収穫はあったか?」
「いきなり難しいことを聞いてくるッスね。んー収穫ッスかー……。もちろん、収穫は色々あったッスけど、やっぱり最初に思い浮かぶのは、竜族ヤベエってことッスかね」
「竜族がやばい?って、それは強さのこと?」
今さらすぎる回答にディアが不思議そうに首を傾げる。
竜族が強いことはリーナは直接目にして知っていただろうし、それに普段からプリュイやフラム、イグニスとも接してきているのだ。彼女にとって収穫と言えるほどの真新しい情報ではないはずだ。
だが、リーナは俺やディアとは違って、竜族に対して改めて畏怖の感情を抱いていた。
「ざっくり言うとそうッスね。今日戦った異形の魔物は私たちが住む世界にいる魔物とは格が違った。あんな化物があんな数で、もしマギア王国に襲来したら……まず間違いなく滅亡の道まっしぐらッスよ。けど、竜族の皆さんは違った。今日ここにいた極少数の竜族だけであの魔物共を退けるだけじゃなく殲滅までしてしまった。そんな強く勇ましい姿を見て、私は憧れ――そして、ちょっと怖くなっちゃったッス。……ああ、竜族が人間と敵対したら、かないっこないなって」
「そりゃあ……」
不安に思う気持ちはわからなくないが、そればかりはいくら考えても仕方がないことだろう。
そもそも竜族と人間を比較すること自体間違っている。
種族としての強さもそうだが、竜族は永遠に等しい寿命を持っているのだ。その長き時の間で研鑽を積み、経験を積み、竜族はより強大な力を獲得していく。
対して人間の寿命など、たかが百年。ましてや竜族のように特別な力――特性を持っているわけでもない。
人間が竜族を上回っている点があるとしたら、繁殖力の高さくらいだろうか。
数が多ければその分、強力な個が誕生する確率は上がる。スキルという超常の力があるこの世界なら、尚のことその確率は上がるはずだ。
とはいえ、竜族と人間では平均的な力が掛け離れすぎている。
いくらその数を増やそうが、いくら強力な個が誕生しようが、その差が覆ることはまずありえないだろう。
歯切れが悪くなってしまった俺に、リーナがいたずらっ子のような笑みを見せる。
「なーんちゃって。冗談ッスよ、冗談。コースケは変なところで真面目ッスねぇ。まあ確かに何も思わないって言ったら嘘になるッスけど、全部の竜族が人間の敵になるなんて全く思ってないッスよ。だって、ほら――」
そう言ったリーナの視線の先には、まるで歳の離れた姉妹のように仲睦まじくじゃれ合うフラムとプリュイの姿があった。
「だからくっつくな! 鬱陶しいだろうが!」
「ババアに指図される謂れはないわっ」
「こんっの……私のことを様付けで呼ぶように言いつけられてるんじゃないのか?」
「何を勘違いしている? 『竜王の集い』の間だけの話だ、ばーか! ばーか!」
心外だとフラムは怒るかもしれないが、見ているだけで心温まる光景だ。思わず笑みを零しそうになる。
竜族は強い。生態系の頂点にいる存在だ。
だが、彼ら彼女らには心がある。対話だってできる。
人間を見下している竜族は多いのかもしれないが、全員が全員というわけではない。
竜族が等しく人間の敵に回るわけではないことはフラムたちが証明している。
「――ふざけあったり、笑ったり、怒ったり……竜族も人も変わらない。そんなふうに勝手に思っていたりするんスよ」
裏表のない真っ直ぐとした眼差しでリーナは自分の想いを、理想論を語った。
「うん、リーナの言いたいことは何となくわたしもわかるよ。人と竜族は手を取り合って一緒に歩いていける。……それは神だって、きっと……」
最後の方のディアの言葉はあまりにも小さく、リーナの耳に届くことはなかった。
少し寂しげにそう零したディアに、俺はそっと耳打ちをする。
「大丈夫。俺は一緒に歩いていくから。ずっと、どこまでもだ」
人間である俺と、神様だったディアでは寿命が違う。
おそらく俺の一生なんてディアにとっては瞬きほどの短い時間でしかないはずだ。
それでも俺は、この命が尽きるまでディアと共に居続けたい。たくさんの思い出を作って、決して色褪せることのない記憶の一部として、ディアの中で生き続けたい。
自分勝手な押し付けかもしれないが、ディアはそんな俺を許してくれるだろうか。
そう思ったのも束の間、ディアはルビーのように輝く紅い瞳を丸くして俺を見つめると、天使のように微笑んだ。
「絶対……絶対、約束だからね?」
「ああ、約束するよ」
ふと、この世界に来る前に良く見ていたあの夢を俺は思い出していた。
暗い森の中、一人寂しげに佇んでいた少女――ディア。
だが、夢見た君はもういない。
何故なら今のディアには俺がいる、フラムがいる、家族がいる、友がいる。
孤独と別れを告げた今のディアは夢で見たあの時のディアよりも、もっと、ずっと輝いている。
俺は改めて胸に誓う。
一秒でも長く彼女の笑顔を、輝きを、生涯をかけて守り続けると――。
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