第813話 採決
「――これより、採決をとる。竜の約定を破り、人間国家に与した、前
席から立ち上がったフラムは、円卓に座る者たちを見回し、そう宣言した。
魔物騒ぎを終息させた俺たちは『
フラムの意向により、約三十分ほどの休憩を挟み『
変わらず円卓を囲んでいるのは各竜族の代表者とその随伴者たち。ただし、魔物騒ぎの前と違うのは地竜族の席に三つの空きができたことだろう。
「賛成致します」
真っ先に声を上げ、挙手したのはセフォンさんだった。
真っ直ぐとフラムを見つめる飴色の瞳には強い意思が宿っている。だが、その一方でその瞳には翳りも見えた。
絶体絶命の窮地に立たされた疲労ももちろんあるだろう。しかし、それ以上にセフォンさんは従者が行方知れずになっていることを気に病んでいるに違いない。
今現在、リアンを中心とした炎竜族による捜索隊が編成され、行方不明になっている秘書の女性を懸命に捜している。
見つかり次第、フラムのもとに報告が上がるはずなのだが……一時間近く経っても報告はない。
状況を考えると、生存は絶望的と言わざるを得ないだろう。
魔物が跋扈していた地獄の中、身を隠せる場所があったならまだしも、安全な場所など『四竜の宮殿』を除けば他にはない。
しかも、その『四竜の宮殿』に帰ってきていないのだ。正直に言ってしまえば、たった一人で生きながらえているとは考え難い。
そして、おそらくセフォンさんも俺と同じ結論に至っている。
だからこそ覇気がなく、哀しみに満ちた心を必死に押し殺そうとしているのだろう。
「賛成だ」
「ああ、もちろん僕も賛成するよ」
ルヴァンが挙手をした瞬間、フラムから殺気が漏れ出た気がしたが、それだけ。全会一致でプルートンの討伐が可決された。
あとはプルートンの討伐方法について詳細を詰めていくだけと思いきや、フラムは立て続けに離反者となったザグレスさん――いや、ザグレスについて語る。
「次に、ザグレスの処遇について意見を募りたい。私としてはプルートンと同様、我々竜族に反旗を翻したと見做し、討伐すべきだと考えている。皆はどうだ?」
フラムのやや過激な意見に、すぐさま賛同する者は現れなかった。
状況的にザグレスが裏切ったであろう可能性は極めて高い。
あまりあてにしたくはないが、ザグレスが転移装置を使用して逃亡したというルヴァンの証言を採用すれば、裏切りの線はより濃厚となる。
それでも賛同者が現れないのは、裏切ったという明確な証拠がないからだろう。
現状、ザグレスは『竜王の集い』から逃げ出しただけ。
セフォンさんがザグレスに救援要請を出したことは聞いているが、その要請がザグレスのもとまで届いた保証はどこにもない。
それに、もし仮に救援要請が届いていたところで、ザグレスがそれに応えなければならない義務もないのだ。
裏切り者と断定するには些か早すぎるというのが、賛同者が現れない理由なのかもしれない。
「おい、ルヴァン。貴様は見たのだろう? ザグレスが逃亡した場面を」
沈黙が続く中、フラムが乱暴な言葉でルヴァンに問い掛ける。
「見たし、手荒い歓迎も受けたさ。けど、今はまだザグレス君は『竜王の集い』から逃げ出しただけだ。それだけで彼を殺すのはやり過ぎじゃないかい?」
「不安の芽は早めに摘んでおくに越したことはない」
「確かに一理あるかもしれないね。でも……フラム君らしくないなぁ。ザグレス君なんて君からしたら大した相手ではないだろう? ザグレス君に関しては 敵になったその時に対応を考えればいいんじゃないかな?」
「……」
挑発じみたルヴァンの言葉に、フラムは沈黙を選んだ。空気を読んだとも言えるだろう。
ザグレスの討伐をセフォンさんが望んでいない以上、フラムが支持を得るのは難しい。
それに水竜王のヴァーグさんもどちらかと言えば穏便に済ませたいと思っている節がある。
フラム対ルヴァン、セフォンさん、ヴァーグさん。
対立とまではいかないが、ザグレスの処遇に関しては一対三。賛同を得られそうな雰囲気ではなかった。
「私たちの前に立ちはだかったら殺す。それでいいな?」
「ああ、その時は仕方ないさ。こればかりはザグレス君の選択次第だからね」
「我としても異論はない」
「ザグレスには私の方からもそのように伝えておきます。道を違わないよう……必ず」
妥協案を提示したフラムに対し、ルヴァン、ヴァーグさん、セフォンさんと順に各々の意思を表明する。
これにてザグレス討伐に関しては一旦保留となった。
「気をつけろよ、セフォン。もしかしたら奴はお前の命を狙っているかもしれないぞ」
「心得ております、フラム様。しかしながら、ザグレスは私に手をかけるような真似はしないかと。どこまでも真っ直ぐで融通が利かない性格ですが、己の正義に反することは絶対にしませんから」
フラムの忠告に感謝しながらもセフォンさんは自身が殺害される可能性を否定した。
兄だから信用しているのではなく、ザグレスの正義感を信用しているような口振りだった。
完全に対立したセフォンさんとザグレスの間に兄妹としての絆はもうないのかもしれない。
「忠告はしたからな。さて、プルートンの件に戻るが――」
それからフラムの口から語られたのはプルートンの討伐について。
ただし、消息が掴めていないということもあり、具体的な案はなかった。
協力を厭わないこと、情報の共有を怠らないこと、人間に被害を出し過ぎないこと――この三つをこの場にいる全員に誓わせ、それ以外に関しては各々の裁量に任せるという曖昧な内容だった。
「間違っても一族全員を引き連れてプルートンを殺そうなどとは考えるなよ? これはあくまでも竜族の問題だ。人間を過度に巻き込むのは好ましくないからな」
フラムに相槌を打つように《氷零の魔女》ことシレーヌさんが微笑をたたえ、一言添える。
「とすると、少数精鋭で対応するべきでしょうね」
「基本的にはそうなるな。とはいえ、向こうの数次第ではあるが」
討伐対象はプルートンだけではない。プルートンが引き連れた地竜族全てが討伐対象となるため、相手の数によって、こちらも対応人数を変えるべきだろう。
「僕も一応、風竜族の方に伝えておくけど、あまり期待しないでほしいな。ほら僕って、はみ出し者だからさ」
後頭部に手を当て、情けなさそうに苦笑いするルヴァンに、フラムが冷たい態度で応じる。
「期待もしていないし、信用もしていない。それとだな、貴様には目を光らせておく。わかったな?」
「あははは……僕は僕なりに精一杯やってみるさ」
「何をどうするつもりかは知らないが、裏切ってみろ――貴様も殺す」
冗談で受け答えするルヴァンと、敵意を剥き出しにするフラム。
ルヴァンはこれ以上の冗談は寿命を縮めるだけだと判断したのか、椅子を引いて立ち上がると、くるりと背中を向けた。
「話も大体纏まったようだし、僕はこれで失礼させてもらうよ。いくよ、ソニス」
名を呼ばれたソニスは無表情のまま一礼すると、出口に向かって歩き出していたルヴァンの背中を追いかけていった。
こうしてルヴァンの一方的な宣言により、『竜王の集い』は呆気なく幕を閉じた。
魔物の襲撃、二人の犠牲者、ザグレスの離反など、様々なアクシデントに見舞われた会議になったが、プルートン討伐という竜族全体の意思統一に成功した点を踏まえると、実りのある会議だったと言えるだろう。
「では皆様、私もお先に失礼致します。ザグレスが妙な動きを見せる前に、国に戻らなければなりませんので」
疲れを滲ませながらも柔らかく、そして優しい笑みを見せたセフォンさんは土色の髪を靡かせ、議場を後にした。
――それが最後の別れになるとは知らずに。
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