第812話 弁明
ほぼ同時刻に俺とディアが『不浄の母』を、フラムが『
フラムのそばに突如として現れた二つの気配――
するとそこには怪我一つない姿で殺気立つフラムと、苦笑いを浮かべながら頬を掻くルヴァンが顔を突き合わせていた。
ソニスに関してはルヴァンの斜め後ろで控えているだけ。彼女の様子から察するに、あくまでも傍観者を貫くつもりのようだ。
「何かあったのかな?」
「んー俺にも何がなんだか……」
心配そうに訊ねてきたディアには申し訳ないが、何がどうなっているのか俺にもさっぱりわかっていなかった。
何故ルヴァンたちがここにいるのか、何故ルヴァンが
ひとまず、俺とディアはさり気なくフラムの隣に並び立ち、ルヴァンの話を聞くことにした。
「すまないね。僕がもう少し強かったらザグレス君を止められたというのに」
「止められただと? 止めなかったの間違いだろうに」
「そう怒らないでくれよ。見てわかる通り僕だってそれなりに頑張ったんだ、ほら」
目を細め、怒りを隠そうとしないフラムに対し、ルヴァンは血が滲んだローブを捲り、これ見よがしに右腕に深く刻まれた傷を見せる。
日焼けをしらない細く白い腕。
そこには太い釘で打ち抜かれたかのような傷口ができていた。傷の箇所や深さからして骨まで貫通していそうだ。
痛みを感じている素振りを見せることなくルヴァンは弁明じみた経緯説明を続ける。
「混乱に乗じてザグレス君が『
嘆息を吐き、肩を竦めるルヴァン。
胡散臭さを感じさせるその仕草や口調は生粋のものなのか、はたまた意図したものなのだろうか。
それはそうと、今のルヴァンの言い分をそっくりそのまま真に受けるとしよう。
その前の会話を聞いていなかったが、今の話でそれとなく全貌が見えた気がする。
俺たちが救援として西の地に到着するまでセフォンさんや炎竜族たちが必死に戦っていたその最中、ザグレスさんは救援に向かうでもなく、自分の身の安全を優先した。
旗色が悪くなっていたこと、それから自身に危険が及ぶことを危惧して『竜王の集い』から――『
俺は考えもしなかったが、確かにザグレスさんの立場と立ち位置を踏まえると、そういった行動に出る可能性は十分に考えられただろう。
ルヴァンがザグレスさんの思考を読み取り、逃亡を阻もうとしたのも、冷静になって改めて考えてみれば納得できる話だ。
とはいえ、窮地に追い込まれていたセフォンさんたちを助けるのではなく、ザグレスさんの確保を優先したことは正直に言って悪印象しかない。
だが、これも思想や優先度の違いだと考えれば理解できる範疇の話だった。
やれることはやったと言わんばかりのルヴァンに、フラムはさらに眼光を鋭くさせて問い詰める。
「貴様にしては随分と不用心だな。私でさえも貴様の気配を捉えることは不可能だ。にもかかわらず、ザグレス如きに気取られた挙げ句、返り討ちにあっただと?」
ルヴァンの隠蔽能力が群を抜いて優れていることはフラムから聞き及んでいる。
フラムにも気配を掴ませない完璧な隠蔽能力。世界広しと言えども隠蔽能力に限ってルヴァンを超える者は誰一人としていないだろう。
そんなルヴァンが返り討ちにあったと言うのだ。フラムが疑惑の眼差しを向けるのも無理はない。
「相変わらずフラム君は手厳しいことを言ってくれるね。でも少しくらい言い訳をさせてくれよ。僕の隠蔽能力だって完璧じゃない。焦っていればミスも出るし、あの時は状況が状況だった。必死になって追いかけたばかりに綻びが出てしまっていたんだろうさ。それに僕の傍にはソニス君もいたからね。僕よりもソニス君の安全を優先するのは当然のことだと思わないかい?」
「王である貴様の命よりもその女の命の方が大切とは酔狂だな。貴様らしいと言えば貴様らしいが、今の言葉だけでは何の弁明にもなっていない。直接言わなければわからないのか? 私はこう言っているんだ――貴様がザグレスに敗れたと言うのが不可解だとな」
フラムが不穏な雰囲気を醸し出す。
瞬間、心臓を直接掴まれたかのような強烈な圧迫感を覚える。
フラムが向けた敵意と殺気は断じて俺に向けられたものではないが、わかっていても本能が底知れぬ恐怖を感じ取ってしまう。
しかし、ルヴァンは飄々としていた。涼しげな表情を崩さず、真っ向からフラムの眼差しを受け止めていた。
それだけでルヴァンが只者ではないことがわかる。風竜王に相応しい器と実力を兼ね揃えていることは間違いないだろう。
フラムがルヴァンを高く評価していることは明らか。
その一方でルヴァンは謙虚に、ザグレスをこう評価した。
「フラム君……君はザグレス君を侮り過ぎているよ。彼は僕とは違って、一族を守り続けた屈強な戦士だ。自由気ままに旅をしていただけの僕が簡単に勝てる相手ではないよ。けど、確かに相性だけを鑑みれば、僕に分があるかもしれないね。風と土――同レベルの魔法やスキルがぶつかり合えば多くの場合、風が勝つ。けど、戦いはそんなに単純なものじゃない。僕が精神論を語るのはおかしな話だけど、心の在りよう次第で相性さえも覆す場合もある。今回、ザグレス君には大きな目的と強い意志があった。要約すると、簡単に止められるような相手じゃなかったわけさ。まあ、僕に落ち度がなかったと言ったら嘘にはなるけどね」
「……」
ザグレスを高く評価しつつ、自分の失態も認めたルヴァンに、フラムが冷たい視線を浴びせる。
どう言い繕ったところでフラムには何一つ響いていなかった。むしろ不信感をより一層高めただけのようにも見える。
ルヴァンも俺と似た感想を抱いたのか、眉をハの字に曲げ、ぎこちない笑みを浮かべた。
そして、何故か視線をディアに向けると、深手を負った右腕を差し出し、こう言う。
「ディア君……だったかな? 腕を治してもらえないかい?」
「えっ? わたし?」
「自分で治せ、阿呆が」
「僕は治癒魔法が苦手なんだ、頼まれてくれないかい?」
突然の申し出にディアが戸惑いを見せる。
とはいえ、根が優しいディアはゆっくりと近寄ってきたルヴァンを警戒しながらも、差し出された腕に治癒魔法を使用。数秒と掛からず、見事に傷跡一つ残さず治療を終えた。
腕の感覚を確かめるようにルヴァンは自分の腕をさすりつつ、ディアに感謝の言葉を述べる。
「うんうん、
「……どういたしまして」
そそくさと距離を取り、俺の後ろに隠れたディアにルヴァンが爽やかな笑みを送る。
「残念だ、どうやらあまり好かれていないようだね」
自覚はあるようだが、ルヴァンの表情は微塵も揺るがない。気にする素振りを見せるどころか、不意に視線をセフォンさんたちがいる方向に向け、呟く。
「そうか……セフォン君は助かったんだね」
俺の気の所為だろうか。
そう呟いたルヴァンの表情が僅かに曇って見えたのは。
「さて、と……魔物騒ぎも無事に終息したし、『
紆余曲折ありながらも、結界を食い破らんと襲来した魔物の掃討を終えた俺たちは『四竜の宮殿』へと帰還したのであった。
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