第810話 伏せた手札

「しぶとさだけは一丁前だな」


 フラムだけが認識できる加速した時の中で、フラムは『特異種イレギュラー』に対して破壊の限りを尽くした。


 四肢を斬り落とし、頭蓋を割り、深紅の単眼を抉り、大口の中に竜王剣を突き刺した。

 だが、『特異種』は血溜まりの中で未だに生き続けている。

 自分の身体がどれだけ破壊されようと、その度に無意識下で急速再生を繰り返し、命を繋ぎ続けていた。


 大口に突き刺した竜王剣から炎が噴き出す。

 喉を灼き、臓器を灼き、穴という穴から炎が溢れ出る。そして全身に無数の風船のような瘤ができると、破裂音と共に弾け、ドロドロに身体を溶かしていった。


 灼き溶けた身体は、もはや原型を留めていない。

 見るも無惨な肉塊となり、悪臭を放つ。

 しかし、それでも『特異種』は生きていた。

 鼓動を打ち続け、まるで時間を巻き戻したかのように肉体を再生させる。


「私の『灰塵パーガトリ煉炎ー・フレイム』を受けても肉体を保っていられるのか」


 『灰塵煉炎』とは、対人・対魔物において殺傷能力と利便性が高く、フラムが愛用するスキルの一つだ。

 しかし、全てを灰に帰す煉獄の炎――『灰塵煉炎』を受けても、『特異種』は極めて高い火耐性を持つが故に、身体に大きな損壊を受けながらも灰になることなく肉体を保ち続けた。


 フラムは不機嫌そうに『灰塵煉炎』が通用しなかったことに眉を顰めつつ、『時間加速』の使用を中止する。否、中止せざるを得なかったというべきだろう。


 『時間加速』は体内の魔力と周囲に漂う魔力を燃焼させて初めて効果を発揮する。

 ともなれば当然、体内・体外、いずれかの魔力が枯渇すれば『時間加速』は使用できなくなってしまう。

 今回、フラムが『時間加速』をやむを得ず中止したのは一箇所に一定時間留まり続けたことで周囲の魔力が『時間加速』に必要な量を下回ってしまったからだ。

 これは『時間加速』の唯一の弱点とも言えるだろう。


 『時間加速』が解除された途端、『特異種』は我を取り戻したかのように『加速』を使用。再生したばかりの両脚で大地を蹴ってフラムから大きく距離を取る。


「……キキ」


 戦いへの悦びも慢心も捨て去り、『特異種』は深紅の単眼でフラムを見つめる。

 スキルによる力で痛覚を遮断していたため、いくらフラムに嬲られようと痛みはなかった。

 しかし、肉体的な痛みはなくとも、精神に負ったダメージは大きい。炎竜族を取り込んだことで得た全能感は既に失われていた。


 今あるのは――恐怖。

 死への恐怖であり、フラムへの恐怖だった。


 『特異種』は『不浄の母』の渇望が現実となり、この世に産まれ落ちた変異個体だ。

 種を繁栄させるため、生存するため、外敵である炎竜族を排除するため、母から受け継いだ不死性と、独自に俊敏性と攻撃力、さらには極めて優秀な火耐性を獲得。そして、より高次元の存在となるため、環境適応能力を高めた。


 進化も環境適応能力の一つに分類されるだろう。

 敵を捕食し、力を増強させる。

 過酷な環境下を生き抜くために進化は必要不可欠。

 だからこそ『特異種』は狩りを行った。

 まずは炎竜族の男を喰らい、次にセフォンに目をつけた。

 しかしその道半ば、『特異種』の前に立ちはだかったのは炎竜王ファイア・ロード――フラム。

 母と戦う六人の炎竜族たちを身を潜めて観察した上で敵ではないと感じていた『特異種』にとって、フラムは予想だにしない桁違いの存在だった。


 四肢を奪われようと、身体を破壊されようと、認識することすらままならない圧倒的な暴力フラム

 幸いにも蓄えていた膨大な魔力のお陰で死に至ることはなかった。

 体内で流動的に移動する魔石を発見され、砕かれなかったのは奇跡という他ないだろう。


 死の瀬戸際に立たされ、恐怖を植え付けられた。

 蓄えていた大量の魔力の大半を失った。

 だが、植え付けられ、失っただけではない。収穫はあった。


 『特異種』はフラムに身体を破壊され、再生を繰り返す度に、より強靭な肉体を獲得していたのだ。


「いい加減に――死ね!」


 フラムが『加速』を発動し、大きく距離を取っていた『特異種』に竜王剣を片手に迫る。そして、竜王剣と大鎌が交錯した――。


「ちっ……長引かせ過ぎたか」


 舌打ちと共に、フラムは己の失態を悟る。


 超高硬度鉱石から生み出された竜王剣の破壊力。そこにフラムの力が上乗せされ、山をも断つ強力な一撃が、『特異種』の二枚の大鎌によって受け止められたのだ。


 大鎌には無数の罅が入っていたが、即座に再生され、元の輝きを取り戻す。


 『特異種』はスキルなどの超常的な力だけではなく、肉体的な進化を遂げていた。


 より堅固に、より強靭に、より俊敏に――。


 こうして『特異種』は竜王剣を受け止めるほどの肉体に至ったのである。


 とはいえ、これだけで形勢が逆転するほどフラムとの力量差は小さくない。

 『特異種』は盾を手に入れた。けれどもフラムを殺す剣は持ち合わせていない。


 一撃で砕けぬなら手数を増やすだけ。

 フラムは竜王剣を巧みに操り、軌道を読ませない怒濤の乱撃を『特異種』に浴びせる。


 削れゆく身体。再生を行うが、その速度よりもフラムの破壊力が上回り、徐々に崩壊していく。

 そして……。


「この手の魔物は私よりもリアンの方が適任だったな」


 呆気ない幕切れ。

 蠢く肉片が散らばる地面の中から、黒く輝く魔石を見つけ、フラムは竜王剣を突き刺す。

 パキッという音と共に魔石が砕ける。それと同時に脈動していた肉片の動きがぴたりと止まった。


 『特異種』はフラムから猛攻を受け、魔力を枯らした。再生不可能の状態まで追い込まれ、その末に世界から排除されたのだ。


 フラムは全身に纏わりついた『特異種』の血を蒸発させて身綺麗にしてから、ようやくそこで一息つく。


「うーむ……もう少し手軽に切れる手札を増やしておくか……」


 フラムにとって、今回の戦いは苦戦のうちには入らない。ただ長引いてしまったという感想に留まる戦いでしかなかった。


 高い火耐性に、不死を思わせる再生力。

 伝説級レジェンドに分類される『灰塵煉炎』が通用せず、かつ自慢の物理攻撃でもなかなか倒し切れない魔物に対する自分の手札の少なさに、今回の戦いを経て気付かされたのだ。


 一方、全力を出せる環境であれば、『特異種』が何体いようともフラムの相手ではない。


 もし、周囲に守るべき者がいなければ。

 もし、他人の目を考えずに済んだならば。


 フラムは数秒と経たずに『特異種』を殺せていただろう。

 だが、ここにはセフォンの目がある。もしかしたら、気付いていないだけで他の竜族の目もあるかもしれない。

 そういった様々な理由からフラムは全力を出せなかった。自ら制限を課して、戦わざるを得なかった。


「ふっ……何を今さら……。周りの目を気にするとは私らしくない」


 竜王剣を地面に突き刺したフラムは、空いた右の手のひらをじっと見つめ、ビー玉よりも小さな火球を生み出す。


 それは、ただの火球ではない――光をも呑み込む黒炎だった。

 黒炎がフラムの手のひらの上から揺蕩い、血みどろになった『特異種』だったモノの上に落ちる。


「よく仕えてくれた」


 今は亡き臣下に捧げる弔いの炎。

 瞬間、世界が漆黒の闇に染まり、間を置かずに極限まで圧縮された黒炎球が轟音を立てて爆発した。


 爆発範囲は黒炎球を落とした地点から球状に約十メートル。

 闇が晴れると、大地はくり抜かれたように抉れており、『特異種』だったモノは跡形もなく消え去っていた。


「ふむ……集中してこれか。まだまだ制御が甘いな」


 想定した倍以上の被害を目の当たりにしたフラムはくり抜かれた穴から空を見上げ、大きく嘆息を漏らす。

 集中していても倍を超える被害が出たのだ。実戦で使うにはあまりにも危険過ぎる力だった。


 軽く膝を曲げ、舞うように地上に出る。

 そしてフラムが見つめた先には大樹が――『不浄の母』が、今まさに倒れようとしていた。


「私の出番は……いや、もう主とディアだけで十分か」


 口角を小さく吊り上げ、視線を切る。


 と、その時だった。

 血の臭いがフラムの鼻をかすめたのは。


「……なんだ?」

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