第808話 無力化

 この地に満ちる大量の魔力を己の物としたディアの大規模広範囲魔法が炸裂する。


 稲妻が閃光し、轟き、魔物を駆逐していく。

 絶え間なく稲妻が大地に落ち、魔物を葬り去る光景は圧巻の一言に尽きた。

 加えてディアの魔法制御能力は人間の域を超えている。

 雷を放出する魔法は威力と速度が秀でている分、制御に難があることは魔法を囓ったことのある者ならば誰もが知るところ。


 難易度の高い魔法を広域に渡って的確に魔物だけに命中させているのは優れた魔法制御能力を誇るディアだからこそなせる技だと言えるだろう。


 空から落ちた稲妻が、俺の進路上に立ち塞がった異形の魔物に直撃。再生を許さない必殺の雷撃により、消し炭になって俺の前から消えていなくなる。


 ディアが作ってくれた絶好の機会をみすみす逃すわけにはいかない。もう一段ギアを上げ、『特異種イレギュラー』と母なる魔物のもとに駆け行く。


 俺の速度に合わせて並走していた『加速』状態のフラムが、いよいよ力の片鱗を覗かせる。


「そろそろ頃合いだな。主よ、私は先に行かせてもらうぞ」


 そう別れの言葉を告げると、身体から放たれていた赤い光の粒子が増加し、フラムはさらに加速する。

 一瞬にして俺を置き去りにしていったフラムは『特異種』の懐に潜り込み、強烈な蹴りを見舞いした。


 フラムから強烈な蹴りをもろに受けた『特異種』は大鎌を砕き、地面を激しく跳ね転がっていく。

 当然、フラムは激しく吹き飛んでいった『特異種』の後を追っていき――俺はそこでフラムから視線を切った。


 目の前に聳え立つ母なる魔物に集中するために。


「生き残ることに特化した魔物か……一筋縄では行かなそうだ」


 俺の眼に魔物の――『不浄の母』の情報が表示される。


 伝説級レジェンドスキル『細胞増殖インクリース』Lv8

 細胞の変換・増殖、痛覚遮断、耐性獲得・中


 伝説級スキル『魔力吸引マジック・ドレイン』Lv5

 魔力吸収(使用時移動不可)、魔力貯蔵、魔力総量上昇・特大


 伝説級スキル『九死一生ペイシェンス』Lv2

 一撃による即死の回避、全耐性上昇・特大


 英雄級ヒーロースキル『超繁殖』Lv10

 単為生殖、魔力分配、繁殖力上昇


 ……etc.


 生存能力に全振りした『不浄の母』の所有スキルを見て、つい眉間に皺が寄ってしまう。


 幸いなことに攻撃手段となり得るスキルはほぼ皆無。とはいえ、『生存』という面に関しては『再生機関リバース・オーガン』を持つ俺を上回っていることは明らか。


 『不浄の母』は、所持する三つの伝説級スキルが相乗効果を生むことで擬似的な不死性を獲得している。

 大樹のようなあの巨躯を、再生させる隙なく倒し切るのも難しいというのに『九死一生』のせいで強力無比な一撃で葬り去ることもできないとくれば、打開策が見当たらない。

 改めて考えるとセフォンさんや炎竜族たちほどの実力者が苦戦を強いられていたのも納得できる話だ。


 俺の遥か頭上にある『不浄の母』の単眼が鈍い動きで俺を捕捉する。

 今になってようやく外敵として認識でもされたのだろうか。


 途端、不穏な空気が漂い始める。

 と、その時だった。『不浄の母』の全身を覆っていた無数の針が標的を狙う砲台のように動き出し、俺一人を狙って射出された。


「――ちっ!」


 先手を許してしまった。

 この針の正体が異形の魔物の卵であることは察しがついている。

 回避するのは然程難しくないが、ここで回避を選択すればまた新たな異形の魔物が産まれ、ディアに負担をかけてしまうことになってしまう。


 俺は即座に迎撃を選択。

 『不可視の風刃インビジブル・エア』を発動し、巨大な風の刃を複数回放ち、弾丸のように放たれた針を切り裂き、撃ち落とす。


 が、卵となる針を全て落とし切るには『不可視の風刃』では不十分だった。

 約三割の針が風刃から逃れ、地面に突き刺さり、鼓動を始める。突き刺さった針が大地から魔力を吸い上げ、魔物の誕生を促している証拠だ。


「わたしに任せてっ」


 後方からディアの心強い声が聞こえてくるや否や、針が突き刺さった大地に電撃が流れる。

 電撃をくらった針は煤まみれになり、卵は機能を失ったのか、鼓動を停止させてぐにゃりと折れ曲がった。


「助かった!」


 短いお礼を告げ、俺は攻勢に転じる。

 針を射出したばかりの『不浄の母』は針の再装填に向けて動き出していた。


 俺は紅蓮を片手に、空中を蹴る。

 風で足場を作ることで空中での跳躍を可能とし、その間に紅蓮に『六撃変殺シックス・デッド』を付与。

 対象に物理攻撃を与えることで五感を奪い、最後の六撃目で命を奪う『六撃変殺』ならば、如何に強力な再生力を誇り、かつ擬似的な不死性を獲得している『不浄の母』であろうと死から逃れられないはず。


 そして『不浄の母』の頭頂部に飛び乗った俺は、目にも留まらぬ速度で紅蓮を振るい、分厚い頭皮を突破して六つの傷を刻み込んだ。


「……この程度じゃ殺せないか」


 俺をふるい落とそうと『不浄の母』が頭を大きく揺らす。

 一度仕切り直すためにも俺は抵抗に逆らわず頭上から飛び降り、軽やかに着地する。


 間違いなく俺は六度の剣撃を『不浄の母』の頭に叩き込み、対象を死に至らせる『六撃変殺』の条件を達成した。

 だが、改めて見上げて確認してみても『不浄の母』は未だに生きている。


 各種耐性や治癒魔法の類いで『六撃変殺』を無効化することはできない。にもかかわらず、『不浄の母』が未だ健在なのは、その再生力と不死性が俺の力を上回っているということなのだろう。


 そうこう考えている間にも針の装填が進んでいく。

 一時は針を射出したことで黒い体皮を剥き出しにしていたが、今はもう目に見える形で新たな針が全身から顔を覗かせている。


 次弾発射まで、あまり猶予は残されていない。

 このまま戦い続けていたらジリ貧だ。確実に俺の魔力が先に底をついてしまう。

 ディアに魔力を分け与えてもらうこともできるが、それでは何の解決にもならない。魔力ではなく体力面で力尽きてしまうだろうことは目に見えている。


 戦い続け、力尽きかけていた炎竜族たちと同じ道を辿るわけにはいかない。

 やはりここはどうにか短期決戦で仕留めるしかないだろう。


「体内を循環する膨大な魔力には『魔力の支配者マジック・ルーラー』じゃ対応できない。俺の力でこの魔物を殺すには……」


 俺の戦闘スタイルやスキルの構成上、大型の魔物を相手にするのは得意ではない。圧倒的に対人、対中・小型魔物、そして少数戦に特化している。

 これはフラムなどの一部例外を除いた、魔法に特化していない者に当て嵌まる共通点とも言えるだろう。


 広範囲かつ高威力攻撃は魔法師の得意とするところ。

 そもそも比較すること間違っている。畑違いというやつだ。今になって無い物ねだりをしていても意味がない。


 それに高威力の魔法一つでどうにかなる魔物であれば、そもそも炎竜族たちが苦戦を強いられるとは思えない。

 無限に等しい魔力を扱えるディアでも『不浄の母』を殺しうる魔法を使えるかと問われると、それはそれで難しそうだ。

 勝機があるとしたら、この地にある魔力を使い果たすまで戦い続け、超長期戦に持ち込むくらいだろうか。


「うだうだ悩んでいても仕方がない。一度、奴の力を封じる――!」


 『不浄の母』が擬似的な不死性を得ているのは複数のスキルが上手いこと噛み合っているからだ。

 であれば、歯車を一つ外してしまえばいいだけ。

 噛み合っていたスキルをバラバラにすることで『不浄の母』の驚異的な生命力と再生力を弱化できるかもしれない。


 針の射出時間が迫る中、俺は前準備として自らの意思でスキルに制限を、封印を行う。


 ――伝説級スキル『魂の制約リミテーション』。


 この力は、封印したスキル数に応じた肉体とスキルの強化、そして対象と自身のスキルをそれぞれ制限することができるスキルだ。


 俺は『魂の制約』を使用し、『不浄の母』の不死性に穴を開けることにした。


 数あるスキルのうち、自ら封印指定したのは伝説級スキル『影法師ドッペル』。

 俺の思考を丸々コピーした分身体を生み出せる強力なスキルなのだが、今回は相手が相手だ。

 知性の乏しい魔物を相手に分身体を生み出したところで撹乱にも使えない。かといって直接的な戦闘にも影響力がほとんど出せないともなれば使い道は限られる。


 代償として『影法師』を封じ、その対価で『不浄の母』から、再生力の根幹であるスキル――『細胞増殖』を封じる。


 手応えという手応えはなかった。

 しかし、俺の眼には『魂の制約』が無事に封印を成功させ、効力を発揮していることが確認できていた。


「何とかこれで目処がたったか。これなら――殺せる」


「――%€ョ▲」


 地上から『不浄の母』を睨みつける。

 巨大な単眼で俺の姿を完全にロックオンしたまま『不浄の母』は、この期に及んで俺への警戒を引き上げる様子を見せた。


 しかし、もう遅い。

 舞台は完全に整っている。今から始まるのは一方的な駆除活動だ。


「自慢の再生力はほとんど機能しないはずだ。さて……ここから先、俺の攻撃を凌げるか? デカブツ」

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