第806話 契り

「ギリギリ間に合ったか」


 プリュイたちと合流する時間さえも惜しみ、俺たち四人は転移の連続使用で『四竜の宮殿エレメンツ・パレス』の南西部に到着。

 そして、そこで俺が目にしたのは大量の魔物に囲まれたセフォンさんと五人の炎竜族だった。


 彼女たちが窮地に追い込まれているのは、やや遠目から見ても一目瞭然。

 死闘を繰り広げていたのか全員が全員ボロボロな状態に。肉体的にも精神的にも酷く疲弊しているように見える。


 うかうかしてる時間はなさそうだ。

 剣山のように大量の針が突き刺さっている大地や、大樹のように地面に根ざしている巨大な魔物など、気になるところは多々あるが、とにもかくにも救出が第一。

 セフォンさんを含めて竜族が六人もこの場にいて、この惨状なのだ。かなりの危険が予想される。


 道を塞ぐ魔物を排除すべく、鞘から紅蓮を抜いて構ようとしたその直後、全てを灰燼に帰す炎が立ち塞がる魔物を焼き払った。

 魔石さえも残さず、また地面に突き刺さっていた無数の針をも灰にし、道が切り開かれる。

 その道を、恐ろしいほどの殺気を放ちながらフラムが一人でずんずんと進んでいく。


「フラム……?」


 恐る恐るといった声でディアがフラムの背中に声を掛けた。

 すると、その身から放たれる殺気とは真逆の印象を抱かせる、からっとした返事が戻ってくる。だが、その内容は衝撃的なものだった。


「いやなに、私の配下が一人殺されたようでな」


「……そう」


 ディアはフラムの言葉を疑うことなく目を伏せた。


 すぐ近くにいたイグニスを横目で確認すると、俺の視線に気付いたイグニスはフラムの言葉を裏付けるように神妙な面持ちでゆっくりと頷き返し、言葉を付け足す。


「コースケ様、ディア様、これより先は一層お気をつけください。状況から鑑みるに、上位の竜族を殺すほどの力を有した魔物がいるとみて、まず間違いありません」


 フラムに続き、イグニスまでこう言っているのだ。もはや疑う余地はない。

 とはいえ、そう簡単に受け入れられる話でもなかった。

 基本的に辛口のイグニスが『上位の竜族』と言ったからには殺されてしまった炎竜族が相応の実力者であったことは間違いないだろう。

 十中八九、その実力は瀕死の状態で発見されたレイジやクレールよりも上。物量だけで押し殺せる力量ではなかったはずだ。


 イグニスが評価していたほどの実力者が殺された。

 安直にそうだと決めつけることはできないが、上位の竜族以上の強さを持つ魔物がこの地のどこかにいる可能性が極めて高いということ。

 あまり考えたくないし、いくらなんでも考え難いが、下手をすればイグニスに――最悪の場合はフラムに匹敵するかそれ以上の魔物が存在するかもしれないのだ。はい、そうですかとあっさり受け入れられる話ではなかった。


 ともあれ、あれこれと考えてばかりではいられない。立ち止まっている間にもフラムの背中が小さくなっていく。

 魔物たちは動かず、同族を一瞬にして灰にしたフラムを激しく警戒しているようだ。単眼をフラム一人にロックオンして、その一挙手一投足を注意深く観察している。


 俺たちもフラムに続く形で魔物の灰が積もった道を進んでいく。


「ディア、絶対に無理はしないでくれ」


 情けない話だが、『俺が必ず守る』とは言えなかった。

 竜族を殺した魔物が相手ともなれば、俺が倒せる保証どころかディアを守り切れる自信もない。無責任な言葉でディアを下手に安心させてしまう方が余程危険だと考えての発言だった。


「うん、無理はしない。わたしはわたしにできることだけを頑張るから。だから、こうすけもわたしと約束して? 自分の命を一番大切にするって」


 ルビーのように美しく輝く紅い瞳が俺を捉える。

 有無を言わせない真っ直ぐな瞳を受けた俺は、ディアの言葉に僅かな引っ掛かりを感じつつ、契りを交わす。


「自分の命……? ああ、約束する」




 そうこう話しているうちに、セフォンさんたちと合流を果たす。


「よく耐えた。後は私に任せてくれていいぞ」


 近くで見れば見るほど彼女たちが今にも倒れてしまいそうなほど疲弊していることが手に取るように分かる。

 立っているのがやっとなのだろうにフラムがそう声を掛けると、一斉に背筋を伸ばし、揃いも揃って沈痛な面持ちで深々と頭を下げた。

 そんな中、セフォンさんだけはぼんやりとした顔でフラムの顔をじーっと見つめていた。現実感を喪失しているのか反応も鈍い。


「何をボケっと……どうしたのだ?」


 溢れ出していた殺気を引っ込め、不思議そうにフラムが声を掛ける。

 すると、セフォンさんは飴色の瞳を涙で濡らし、感情の抜け落ちた声音で、こう零す。


「助けに……助けに来てくださったのでしょうか……?」


「?? よくわからんが、当然だろうに。むしろそれ以外に何がある?」


 二人が話している間に、俺は魔物への警戒と牽制を、ディアは負傷した炎竜族たちを順々に治療していく。


「もう無理だと……誰も来ないって……。私の臣下も、ザグレスも……」


 セフォンさんの目から一筋の涙が零れ落ちる。

 死の淵に立たされていた緊張からようやく解き放たれたことで感情のダムが決壊したのだろう。

 それに加えて、生を諦め、死を受け入れていたのかもしれない。

 俺では想像もつかない過酷な死線を潜り抜け、やっと救いの手が差し伸べられたのだ。放心状態になってしまうのも頷ける。


 感情を表に出したセフォンさんに対し、フラムは慰めるわけではなく、疑問を口にした。それも怒りを声に乗せて。


「……そう言えば奴の姿が見えないな。ザグレスはどこへ行った?」


「ザグレスなら……」


 そう言ってセフォンさんが人差し指を向けたのは北――つまるところ『四竜の宮殿』の北西部をさしていた。


「そうか」


 フラムはそれ以上何も聞かなかった。いや、聞いたところで無駄だと悟ったに違いない。


 俺たちは知っている。

 既に北西部にいた魔物が壊滅状態にあることを、そして誰の気配もなかったことを。


 フラムはセフォンさんとの会話を切り上げ、警戒を続けていた俺に話を振ってくる。


「主よ、めぼしい魔物を見つけたのだろう?」


 俺がただ警戒をしていたわけではないことをフラムは見透かしていたようだ。当たり前と言わんばかりの口調で情報を求めてきた。


「まだ全部を視たわけじゃないから断定はできないけど、ヤバそうなのが二体いたよ」


「一体はあのサボテンみたいなデカブツだな?」


 サボテンには全く見えないが、まあいい。

 同じ魔物を強敵として認識していることは間違いなかったので、俺はとりあえず頷き返し、その巨大な魔物の手前にいる、一体だけ色の異なる単眼の魔物を睨みつけて言う。


「あとはあの色違いの魔物だ」


 赤い皮膚に、深紅の単眼。毛が生えていなかったり、色が違ったり、他にもところどころ異なる点があるものの、分類としてはそこらに無数にいる単眼の魔物と同系統のようだ。


 ただし、その魔物が発する雰囲気、存在感は他を圧倒している。

 明らかに異様で異質で特異な魔物――『特異種イレギュラー』と呼ぶべき存在だ。

 何より、『特異種』には通常個体と決定的に異なる部分があった。


「……理由がわからない。なんであの魔物だけ何も情報が視えないんだ?」


 俺が持つ『始神の眼ザ・ファースト』のスキル等級は神話級ミソロジー

 この力で情報を看破できない相手はという特例を除くと、同等級の情報隠蔽スキルを有している場合のみ。

 如何に強力な魔物である可能性が高いとはいえ、『始神の眼』と同等以上の情報隠蔽能力に特化したスキルを有しているとは到底思えない。


 この地にいる魔物に対して『血の支配者ブラッド・ルーラー』のコピー能力が発動しなかったのと同じように、『始神の眼』にも何らかの不具合が生じているのだろうか。


 そんなことを考えていると、治療を終えたディアが、ふと空恐ろしい言葉を零した。


「あの魔物は本当に魔物なの……?」

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